「スタンダード」を名乗る意味。熱海殺人事件Standard 稽古場レポ&中江功・荒井敦史・高橋龍輝 鼎談、到着!

この日、初めての通し稽古で叩きつけられたのは、確かに「スタンダード」と名乗るべき、真正面から挑んだ『熱海殺人事件』だった。

 

 

登場人物は4人。
木村伝兵衛部長刑事には、2020年『ザ・ロンゲストスプリング』より4シーズンにわたり挑む、荒井敦史さん。
ヒロイン水野朋子婦人警官には2021年『ラストレジェンド』より4年連続出演となる、新内眞衣さん。
熊田留吉刑事役には今回が初挑戦となる新鋭、富永勇也さん。
そして、犯人大山金太郎は、2015年『いつも心に太陽を』主演をはじめ多くのつかこうへい作品にありあまる熱量で出演し続ける高橋龍輝さん。
演出は、2021年に紀伊國屋ホール改修後、こけら落とし公演「新・熱海殺人事件」を手がけた中江功さん。これまで『Dr.コトー』や『教場』をはじめ、ドラマや映画と映像で活躍してきた自身が舞台上でどんな演出を見せるのか?

 

 

繰り広げられるのはタイトル通り、熱海の海岸で起こった殺人事件の捜査。その事件の動機に隠された想いを追いかけるうちに、気付かぬ優しさ、世の非情さ、切なさ、愚かさ、見えない愛情、といったものが次々とあぶり出されていく。
とにかく強い。
4人が4人とも、しなやかに、あるいは荒削りに、がむしゃらに、ばんばんと感情がぶつかりあう。

ときおり、中江さんが「セリフをこう、届けてほしいんだよね。今、あそこまで届いてないから」と指さしながら伝える。決して、強く、とか、弱く、といったことは言わない。どうしたら届くのか? を創るのは役者自身だ。その姿を静かに見ている。

昨年、戯曲誕生から50周年を迎え、数多の俳優が演じ続けてきた、この戯曲。2024年に紀伊國屋ホール60周年記念公演『熱海連続殺人事件』として『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』とともに上演決定の報が!

──早速、稽古場へ。ここに写真をお届けする。

 

 

通し稽古を終えた後、演出の中江功さん、荒井敦史さん、高橋龍輝さんにお話を伺いました。

大山金太郎の激白が
いちばんぐっと来なければいけない

 

──2021年5月、中江さん演出の「新・熱海殺人事件」は紀伊國屋ホール改修後のこけら落とし公演でしたが、残念ながらコロナ禍ということもあり千秋楽目前で中止となりました。

中江 そういう意味ではリベンジでもあるんですが、今回、僕は当時の意識と少し変わっています。

──どういった点でしょう。

中江 前回は舞台初演出で、こけら落としでもあったし、改修前も「熱海殺人事件 ラストレジェンド~旋律のダブルスタンバイ~」を上演していたので少し変えようと思って、アイちゃんと大山の最後に自分なりの解釈を入れていたんです。僕は、熱海殺人事件ってラブストーリーだと思っているので、もうちょっとウエットにアイ子をダメな女として描いて、そこを軸にそれぞれの愛情物語を作りました。

──実は、2021年に観劇したときに、複雑に入り組んでいた個々の感情の矢印みたいなものが、きれいに見えて、お話がわかりやすくて驚きました! その理由を今日、伺えて光栄です。

中江 そう見えていたなら、うれしいです。でも、だからこそ前とは変えています。この戯曲はなんといっても後半の大山金太郎の激白が、いちばんぐっと来なければいけない、と感じていて。今回はそこに重きをおいています。なによりも、高橋龍輝が初めて大山金太郎を演ることが楽しみです。本当に、なんで今まで演っていなかったのかが不思議です。

──そこはおそらく今回、高橋さんのパワーを受け止めきれる座組だから、ではないか、と思いますが。その大山金太郎を受け止める木村伝兵衛としてはいかがでしょうか。

荒井 いや、もうね、みなさんが想像しているとおりです(笑)。高橋龍輝が強いのはみなさんも、もちろん私も知っているので、今さらなにか申し上げることはありません。ただただ向き合うだけです!

──受け止める覚悟がすてきです。通し稽古を拝見していて、最後の場面で木村伝兵衛が笑っていて驚きました。これまではクールというか無表情なことが多く……解釈が気になります。

荒井 あー、なんて言えばいいのかな。今回、僕はあえて前半から中盤までを「まるで捜査していない」ように見えるというか、でも、ふとした瞬間の目線とか黙っているときに「実は捜査している」みたいな感じで演っていて。
その最後の最後に捜査の結末へとたどり着けた! みたいな「人間」が出ちゃった、というか、出しちゃったというか。今日は初の通し稽古だったので、その辺はまだ、これから変わるのかもしれませんが。

 

──その笑みへと至るまでの緩急自在さが、実に魅力的でした!

荒井 そうですか? 僕、普段、あんまり褒められないんで、照れますね(笑)。ただ、今回、そういったことができるのはキャストが全公演、同じだからです! みなさん、気付いてないかもしれませんが、これまで僕は毎公演、水野や熊田が大山がダブルキャストだったり、トリプルキャストだったりしたんです。

──確かに! だとしたら、その懐の広さたるや!!! です。それぞれの役者の演技に合わせて、木村伝兵衛を演じてきた、ということです。

荒井 そう言ってもらえるとうれしいです。これまでは、相手がどう演じるかを受け止めながらでしたが、今回は同じキャストで、もちろん、そこも日々変わっていくとは思いますが、僕の木村伝兵衛を貫くために挑んでいます。

──そこに全力でぶつかる、大山金太郎役の高橋龍輝さんはいかがでしょう。通し稽古ではとてつもなく強くて、圧倒されました。

高橋 この役を演りたくて、ずっとお願いしていたので今回、それが叶って相当に気合が入っています。なによりも木村伝兵衛があっちゃん(荒井敦史)だからこそ任せられるというか、絶対に受け止めてくれるだろう、とぶつかっています。ずっと知っているからこそわかるんですが、本当にすごい安定感があるんです。そこはもう信頼しています。

荒井 そう! だからこそ、僕も今回、「人間」として、ぶつかっているんです。だって、人間じゃない奴が頭で考えただけで事件を解決するのも共感できないじゃないですか。だから、今回は変えて行こうと思って演っています。もしかしたら、それはそれで、気にいらないという声もあるかもしれませんが。続けてきたからこそ、発見もあるし、変化もあっていいと思うんです。

──そういう声があがることがおもしろいかと。どうでもよかったら声もあがりません。

荒井 そう言ってもらえるとやりがいがあります。やっぱり続けることで新たに生まれるものもあるので。

 

役者の熱が
観客の視線を奪うんです

──改めて、この力強い役者陣を迎えて「Standard」を演出されています。

中江 先ほどもお話したように、前回は映像の世界からお邪魔する感覚でいたので、どうなっても自分の本職は映像だから、と思っていたんです。でも、中止になったことで、もう一度最初から臨みたいと思いました。だから、改めて今回「Standard」を名乗る機会を与えてもらったことには感謝しています。プロデューサーの岡村俊一さんから「やりませんか?」という連絡をもらって、さらに「Standard」と呼ばれる「熱海殺人事件」を、と言われて快諾しました。

──そこでお伺いしたいのは、映像と舞台のちがいです。

中江 役者の力と観客との関係ですね。ひどいことを言ってしまうと映像って、演者がどんなに熱い演技をしていても、それを撮らなければいいんです。監督がここを見せたい、と考えるところを写せばいいんだから。でも、舞台はちがいます。役者の熱が観客の視線を奪うんです。
今、そこを学習していて、自分がコントロールできない空間があることを楽しんでいます。楽しめるのも、荒井くん、高橋くんはもちろん、今回、初めて演出する新内さんや富永くんが頼もしいからで、とくに富永くんは初めての事だらけなのに、今、ものすごい勢いで食らいついていて、その姿がなんとも可愛いんです。だからこそ、3人には思いっきり、振り切れてほしいとも思うし。改めて、この座組で良かったと思いました。

──通し稽古では、今、どんな感情で、誰がどこにどんな視線を飛ばしているか? といったことをていねいに伝えていました。

中江 そこは前回と変わらず大切にしていますが、今はそのバランスを見ているところです。これから、それぞれがどの場面のどのセリフをどこにぶつけてくるか、が変わってくると思うので。ただ、全員が本気を出すととんでもないことになる、ということはわかっているので、これからの稽古がますます楽しみです。

──そんな中江さんの演出はいかがですか?

荒井 あまり意見を言ってくださらない、でも、ずっと試されている、という感覚です。

中江 それはね、今回の座組でいちばん経験値が高いであろう荒井くんが、この場面では、どう対応するのか? を見せてもらっているんです。

荒井 怖い! ……けど、まずは全部、さらけ出します。

高橋 ……実はずっと中江さんはめっちゃ怖い人だと思っていて。でも、一度、一緒にご飯を食べる機会を作っていただいて、話してみたら、すごく優しい人だということがわかったんです。稽古が始まったら、僕らのやっていることを見て笑ってくれるし、実はすごくよく見ていてくれるんだ、っていうのは感じました。

中江 だって、みんな、まだ全部、出し切っていないでしょう。さらしてもらって、全員が疲れ切ってからが始まりですよ(笑)。全員が役をつかんでから、誰がどこに強く出るか、押すか、引くか、いい意味で食い合うようになってほしいし、それをどういう形で客席に届けるか? は今回、自分への挑戦でもあります。

荒井 中江さんはダンスシーンで、俺がすっごい大きい声で歌っているのに気付いてました? あれ、自分で自分を追い込んでいるんですよ。

中江 なんか、あそこでダンスが入るの、すごいしんどいらしいね。僕は踊ってないからわかんないんだけど(笑)。

荒井 ほら、こーゆー人なんですよ!!!

中江 でも、あそこ、見せ場だから。

高橋 僕(大山金太郎)の登場シーンも楽しみにしていてください。登場の曲は自分で決めていいということだったので、昨日、決めました。今日、初めて演ってみたので、ここからまた作り込みます。

中江 最初は僕が選んでいいという話だったけど、そういうのは役者がノれる曲を自分で選んだほうがいいんです。
ただね、今回、Standardだからと、途中に熱海が舞台で貫一、お宮が出てくる、尾崎紅葉「金色夜叉」をネタに選んだけど、キャストみんなが知らなかった、という衝撃が……。

──なんと!

荒井 まったく知らない、ってわけじゃないんですよ。大枠は知ってます。

高橋 ふわっ、とは(笑)。

中江 「ほら、ご覧アイちゃん、あれがお宮の松だよ」ってセリフ、どんな気持ちで言ってたの? と(笑)。

荒井 龍輝さんは天才だから、感覚で言えちゃうんですよ。十代のころからそうだったから!

高橋 なんか、言っちゃってました……。

中江 まあ、付け焼き刃で言ってるのも、大山らしいんだけどね(笑)。

──ますます初日が楽しみです! 最後に一言、お願いします。

中江 改めて「Standard」というからには、戯曲の本質を大切にしつつも、今回のキャストの個性を活かして、昔からの作品ファンに向けてちょっとだけ、おもしろく裏切れたらうれしいです。
その上で、もちろん今回のキャストの新たな一面も届けます。まずはこれから、どんどんぶつかりあってもらって、これが代表作だ、と言われるような「熱海殺人事件」を届けたいと思います。

高橋 これまでたくさんの、つか作品に出させていただきましたが、ずっとずっと大山金太郎が演りたくて。今回、それが叶いました。それは、あっちゃん始め、全力で受け止めてくれる人がそろっているからです。なので全力で応えて暴れたいです。きっと毎公演ごとにどんどん変わっていくと思うので、何回も観てほしいです。

荒井 今回の公演で木村伝兵衛を演れることがうれしいです。本当にこれまで、3人の水野を抱きしめ、2人の熊田と対峙し、金太郎を犯人へと追い込む、みたいな伝兵衛をぶつけてきました。今回はそのすべてを活かして、唯一人の水野と熊田、大山と向き合う木村伝兵衛をお届けします。
あと! 最後にひとつだけ、お伝えさせてください。僕、コロナで中止になった公演日に出演者としてキャストやスタッフの皆さんに楽屋弁当を差し入れていたんです。でも、結局、みんなに食べてもらえなくて、せめても撤収作業をされていた方々に食べてもらえてよかったです。その後、誰とも会えないまま自粛に入ってしまったので、今年、Standardができることはもちろん、多和ちゃん(多和田任益)のモンテカルロ・イリュージョンも一緒に上演できることが、本当に本当にうれしいし、楽しみです。

(同席していた岡村プロデューサーよりコメント。 とても美味しいお弁当で「荒井はすごく張り切っていたんだなあ」と気持ちを受け止め、劇場にいたスタッフでありがたくいただきました)

この4人が見せる「熱海殺人事件」Standard、初日は7月5日。

2024年6月都内収録 撮影・文/おーちようこ

紀伊國屋ホール60周年記念公演『熱海連続殺人事件』
『熱海殺人事件 Standard』
『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』

公式サイト http://www.rup.co.jp/stage/atami_2024.html

2024年7月5日(金)~ 22日(月)紀伊國屋ホール 各上演スケジュールは公式サイトへ。

『熱海殺人事件 Standard』
作:つかこうへい
演出:中江功
出演:荒井敦史 新内眞衣 富永勇也 高橋龍輝

『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』
作:つかこうへい
演出:中屋敷法仁
出演:多和田任益 嘉島陸 鳥越裕貴 木﨑ゆりあ

PAGE TOP