『朝日のような夕日をつれて2024』に新たな5人が挑む理由。鴻上尚史インタビュー到着!
2024.7.17
『朝日のような夕日をつれて』初演は今から43年前の1981年。
作家で脚本家で演出家でもある、鴻上尚史さんが早稲田大学演劇研究会(以下、早大劇研)で結成した劇団「第三舞台」旗揚げ公演から、これまでに1983年、1985年、1987年、1991年、1997年、2014年の7回上演されている。
それが多いか少ないかはさておき、この演目にはとてつもなく役者の力が求められる。
なぜなら、終始、八百屋、または開帳場と呼ばれる。舞台奥が高く手前へと傾斜する漆黒の空間で、ただ5人の役者だけで繰り広げられる物語だから。
役者の逃げ場がまったくない空間で届けられることになったのは、おそらく当時の早大劇研が活動の場とした、大隈講堂裏での大テント公演という設備ゆえと推測する。しかし、今となっては、そのシンプルさこそが時代に左右されずにいる理由のひとつ、かもしれない。
作品世界も複雑だ。
登場するのは、おもちゃ会社「立花トーイ」の社長、部長、マーケッターに研究員、そして医者、といった「流行」に振り回される人々。その立場とは別に1953年初演のサミュエル・ベケット不条理劇『ゴドーを待ちながら』を下敷きに、ゴドー1,ゴドー2、ウラヤマ、エスカワ、少年の物語が交差し、演じる役がくるくると変わっていく。
そのなかで、彼らは立花トーイ社長の愛娘「みよ子」の存在について語り続ける。
冒頭、「みよこのぱずる」という言葉が登場する。
これを「見よ、このパズル」とするか「みよ子の、パズル」とするか、そこから始まる、すべてが観客の感性にゆだねられてしまう。
『朝日のような夕日をつれて2024』トレイラー動画はこちら!
今回、10年ぶりに上演される『朝日のような夕日をつれて2024』には第三舞台の旗揚げメンバーで出演を重ねてきた俳優陣から、新たに30代の玉置玲央さん、一色洋平さん、稲葉友さん、安西慎太郎さん、小松準弥さんといった次世代の才能を起用。その発表は話題を呼び、期待が寄せられている。
その真意を鴻上さんに伺った。
玉置玲央さん/一色洋平さん/稲葉友さん
安西慎太郎さん/小松準弥さん/鴻上尚史さん
この5人に出会えたから
演れる、と決めました。
──上演、おめでとうございます。ですが思い切りました! 2014年版に玉置玲央さんが出演されていたとはいえ、旗揚げ公演から出演されていた大高洋夫さん、小須田康人さんといったキャストを変更されました。
もともと大高、小須田と演る『朝日のような夕日をつれて2014』(以下『朝日』)で最後だと決めていたんです。でも、その後に「もう『朝日』は演らないんですか?」「観たいです!」という声がものすごくたくさんあって。でも、俳優の年齢的にも状況的にも無理だと思っていたんです。だから最初の5年くらいは「絶対に演らない、終わりだ」と言っていました。
それが、あるときから「自分たちで上演したい」というオファーが届くようになって。それは若いキャストで新たに演りたいという話で。そのときに「若い『朝日』という可能性」を考えるようになっていって、今回、実現できると思えた俳優に出会えたから、走り始めたという感じです。
──5人の俳優とはどのように出会ったのでしょうか。
これ、奇跡みたいな話だけど「どこかに『朝日』を演れる俳優はいないかな?」って言ってみたら、あっちこっちから「いるいる、こんなヤツがいる」って声があって。これが、もし「いないんですよね」ってなったら演らなかったと思います。そのなかで、もともと(玉置)玲央は2014年版に医者/少年役で出ていたし、(一色)洋平も僕が主宰していた「虚構の劇団」に出ていたので、その実力は知っていて。ほかの3人もそれぞれいろんな人から名前があがって、実際に出演作を観に行って確信した俳優です。
『朝日』という作品は、ただ「演りたい!」という熱意だけで挑むにはとてつもなく難しい演目だから、その力があるかを見極める時間がかなりかかるのでオーディションで探すことは難しかったんです。
──確かに登場人物は5人だけ、おもちゃ会社「立花トーイ」と『ゴドーを待ちながら』の世界が交差し、役柄を瞬時に変えつつも観客が混乱しないよう演じ分け、さらにそれぞれの物語も展開していきます。
その上で膨大なセリフにダンスもあり、それがすべてシンプルな八百屋舞台の上で展開されます! ……と、改めて記すと、とんでもない演目です。私事で恐縮ですが、初めて1987年版を紀伊國屋ホールで観劇したときの衝撃は忘れられません。
そうですか。だからこそ生半可な気持ちで始められないというか。始めるために託せる存在を探して、かなり時間をかけました。でもね、5人そろっての最初のワークショップで、あ、これはイケるな、と思いました。
それこそ2014年までのすべての公演が、ありがたいことにとても好評だったからこそ、新たに歴史を更新することにすごく勇気が必要だったわけ。観たいという声に応えて再演したけど、おもしろくなかったね、と言われたくないし……そんなことになるんだったら永遠に封印してもいいかな、と。でも、彼らに会えました。そこから何回かワークショップを経て、配役を決めました。
──新たな俳優を迎えることは、戯曲が未来に向けて生き続ける手段であると考えています。たとえばシェイクスピア作品をはじめ、井上ひさしさんやつかこうへいさんといった数多の名作と呼ばれる戯曲も色褪せることなく、新たな才能によって演じられ続けています。
まあ、すごく広い話をすると、1980年代の「小劇場運動とはなにか?」というところまで戻りますが、これは、あくまで僕が思っていることだ、と前置きし、もともと新劇という人々を啓蒙し社会を変革することを価値とする演劇があり、次にアングラ(アンダーグラウンド)という破壊することに価値を見出す時代があり、その後に小劇場運動が起きました。
僕らは、小劇場世代と言われているけれど、結局「世界は啓蒙しても変わらなかったじゃん」「壊しても変わらなかったじゃん」と受け取ったんです。だから「だったらとことん遊び倒そうぜ」というコンセプトが小劇場運動であり、「夢の遊眠社」の野田秀樹さんや「劇団3〇〇」の渡辺えりさんをはじめとした劇作家であり演出家だったのではないか、と。
ただ、「遊ぶ」というのはどこか暴走してしまいがちで、本質を忘れてしまってから滅び始めていっちゃうんだけど、この「遊ぶ」は今も演劇の重要な部分だと思っていて、まさに『朝日のような夕日をつれて』は象徴的な作品だと考えています。だから「そもそも演劇には遊ぶという演技論、方法論があるんだよ」ということは演劇のひとつの豊かさとして上演し続けていけたらな、とは思っています。大きな意味で昨今の2.5次元舞台の演出家たちも、当時の小劇場運動の「遊ぶ」演劇の洗礼を受けた世代が多いと感じているので、そういう意味でもこの作品は残しておきたい、という想いもありました。
──そのうえで『朝日』は、毎回、世相や流行り物を織り込み展開していくので、構造はそのままですが、ひとつとして同じ作品はありません。
それは本当に偶然なんだけど、おもちゃ会社を選んだ、というのが結果的にラッキーだったんです。これが、たとえば他の業種だったら、毎回、それほど中身は変わらなかった、というか変えようがなかったと思うんですが、おもちゃ会社だったからこそ、ものすごい速度で変わるようになっちゃったんです。
後付で「おもちゃは時代を映す鏡だから、その時代をいちばん反映すべき」とは考えたけど、まさかルービックキューブからファミコン(ファミリーコンピューター)、プレイステーションからバーチャルリアリティへ、とこんなにも目まぐるしく時代が変わるとは思っていなくて。だから、結果的に二度と同じものを作れない状況を、自分で選んだ、ということになります。
──だからこそ、常に普遍的なおもしろさがあると感じています。
それはもう幸せな巡り合わせでしたね。1981年に「ルービックキューブ」を題材に旗揚げ公演をして、83年に再演を考えたときに、本当にたまたま冗談みたいに「ルービックリベンジ」という名前で、これまでの3マスから4マスをそろえる新作が出たんです。
で、普通、再演といったら同じ台本で演ることがほとんどですが、おもちゃの新作が出たのに無視するのもおかしくないか? という思いから、題材に取り入れたのが始まりです。そこから弾みがついて、じゃあ85年はファミコンでいいんじゃない? と、次々に題材が出てきてしまって、よく言えば奇跡的に、あるいは偶然にもアップデートをし続けるように背中を押され続けてきてしまいました。
──そこには「鴻上尚史」という脚本家であり、演出家の感性も大きく関わってきます。
確かにそうです。これを演る度に22歳で台本を書いた自分に出会うのと、今の自分がちゃんとアップデートして作品と対話できているか、という両方から常に問いかけられてしまう。でも、それが、とてもおもしろい。今回も2024年の脚本と向き合うために、この10年間のおさらいをしました。ただ、今って情報が更新されるのが恐ろしく速くて、そこはすごく考えました。
──なぜ『朝日』が再演の度に変わっていくのか? を伺えたことがうれしいです。最後に『朝日のような夕日をつれて2024』へ挑む俳優陣について、一言、お願いします。
まず、ずっと大高が演じていて、初の変更となる部長役の玲央は前作(2014年)に出ていることも大きくて、いろんなアドバイスを他の役者にしてくれていて頼もしいですね。これから実際に舞台セットを組んで稽古を始めますが、たとえば、このポーズだと開帳場ではバランスが崩れるよね、とか、すごく具体的に伝えてくれている。座組のなかでは兄貴的存在です。
演出家としては前作から10年経っているし、座組のなかでは年齢的にも上だから、気遣っているんだけど、本人曰く「僕は小劇場界三大 体が動く俳優のひとりです」というだけあって、まあ本当に動けるからね、そこは信頼しています。
──「小劇場界三大 体が動く俳優」の残りのお二人が気になります……。
実は、もうひとりが洋平なんだそうで。玲央にむかって「よー……」と言いそうになったときにすぐに玲央から「体が動くからって同じ人間じゃないですから!(笑)」と突っ込まれました。
その洋平はもう『朝日』が好きすぎて、稽古場では愛を語り尽くしています。通常、役者は「このセリフはどういう意味ですか?」とか聞いてくるんだけど、洋平は「そもそも、この作品はどういう想いでお書きになったんですか?」「このシーンはどういうキッカケで発想したんですか?」「このセリフは作品テーマそのものですよね!」みたいな感じで。
もう、ファンミーティングみたいな質問ばかりで、心からうれしいんだなあああ、という真っ直ぐな情熱を日々、受け取っております。まあ、あいつは、超真面目な火の玉小僧ですよね。少年役でどう爆発するのか、楽しみにしていてください。
──続いて、マーケッター役の稲葉友さんについて。
視野が広くて、演劇界だけでなく芸能界での経験を感じます。あと、色白のイケメン。すごく気遣いの人で、玲央の、ものすごくくだらないギャグをちゃんと拾っていくんです。僕ら全員、稽古始まって一週間くらいは拾っていたけど、あんまりくだらないから拾わなくなっていて。でも友だけは拾っている。だから最近は玲央がギャグを言うと、友がどうするのかを見ています(笑)。
玲央は自然児なので、昨今のテーマは「裸足で稽古しても良いか?」です。でも裸足だと、他が靴を履いているから「足を踏むと危ないので履いてくれ」と言うと、一度は「わかりました!」と履くんですが、40分くらい経って、突然「靴、やだっっっっっ!」って脱いでしまう。そんな玲央の相手をしているところも含めて、友はすっごくいい人で気配りの人です。
──研究員役の安西慎太郎さんは?
実に上手い。とくに変身できる、という方向でずば抜けて上手い俳優です。名前があがって、そのときの出演舞台を観たんだけど、ものすごく暗い話だったんです。たまたまた観た芝居がネガティブな内容だったのかもしれないけど、どうも、そういった作品での壊れている役が多かったようで。だから一抹の不安はありましたが、実は一気に変身できることがわかって驚きました。
──変身、とは?
一瞬で切り替えられる力かな。陰から陽へ、みたいな感じというか。たとえ狂気を秘めた役だとしても陽気に演じることもできるわけで。そこを瞬時に切り替える運動神経みたいなものの速さ、理解の深さというか、がすごい。この力を持つ俳優って実は少ないので、すてきなゴドーになるんじゃないかと思ってます。
──最後に社長役の小松準弥さんについて。
準弥はね、友とは別の意味で気遣いができて、この座組のなかではいちばん大人かもしれません。だからずっと小須田が演じてきた、社長を託しました。子どもなのが洋平で、次が玲央。友と慎太郎は年相応。今回、5人ともとても上手くて凄みがあるんだけど、それぞれ方向がちがう良さなので、それらがうまく作用するように配役を考えたし、演出をしています。これは「シン・仮面ライダー」や「シン・ウルトラマン」のときに監督の庵野秀明さんが言っていたことで、すごく共感したんですが、目指すのはオールドファンとニューファンの両方を楽しませたい、ということです。
『朝日のような夕日をつれて』だけれど、ずっと好きでいてくれる方々と新たに観てくれる方々のどちらも楽しんでいただける作品でありたい。そこを意識して作っています。同時に、初めて観た人はきっと度肝を抜かれると思うし、こんな演劇があったんだ、と知ってもらえたらうれしい。自分で言うのも何だけど、ほんとうにすてきなキャストが集まって、全力で稽古しているので、もし迷っている人がいたら「観たほうがいいよ」という言葉通りの作品です。
伝説の作品が、2024年に新たなキャストで上演される──幕が開くのは8月11日。
現在、youtube「thirdstage2012」では上演に向け、各俳優、演出家陣によるインタビュー動画も配信中。
鴻上尚史写真:©️TOWA/取材・文:おーちようこ
紀伊國屋ホール開場 60 周年記念公演 KOKAMI@network vol.20
朝日のような夕日をつれて2024
チケット好評発売中。詳しくは公式サイトへ。
公式サイト https://www.thirdstage.com/knet/asahi2024/
【作・演出】 鴻上尚史
【出演者】 玉置玲央 一色洋平 稲葉友 安西慎太郎 小松準弥
東京公演:2024 年 8 月 11 日(日)~9 月 1 日(日) 紀伊國屋ホール
大阪公演:2024 年 9 月 6 日(金)~9 月 8 日(日) サンケイホールブリーゼ