「第三舞台2026」『パレイドリア』 俳優・長野里美さんロングインタビュー。舞台に立つ姿が希望につながることを願って。
2026.7.31
待っていた、待っていた、待っていた。
「第三舞台」が「第三舞台2026」として帰ってくる。
1981年、早稲田大学演劇研究会で旗揚げ。主宰の鴻上尚史が初めて書いた戯曲『朝日のような夕日をつれて』をはじめとした公演は話題を呼び、人気を博す。
2001年に10年間の活動封印、2011年の『深呼吸する惑星』で封印解除し、解散ーーしたはずだったが、第三舞台メンバーと若手俳優を迎えて、2026年に新作上演を発表。
そのキッカケのひとつとなったのは俳優の長野里美さんの言葉だったという。
旗揚げ公演は新入部員としてスタッフ参加、その後の公演から解散公演までほぼすべての作品に出演、現在は舞台から映像作品と幅広く活動する、長野さんに込められた想いを伺った。
2026年7月都内収録 取材・文/おーちようこ
「第三舞台2026」『パレイドリア』
【作・演出】鴻上尚史
【出演】大高洋夫 小須田康人 長野里美 山下裕子 筒井真理子(映像出演)
中山優馬 飯窪春菜 小松準弥 安西慎太郎 渡辺芳博
内田智大 大城智哉
東京公演
【日程】2026 年8月 9 日(日)〜8 月 30 日(日)
【会場】紀伊國屋ホール
大阪公演
【日程】2026 年9月 4 日(金)〜9月6日(日)
【会場】サンケイホールブリーゼ
新潟公演
【日程】2026年9月19日(土) 17:30開演
【会場】新潟県民会館 大ホール
愛媛公演
【日程】2026年9月23日(水・祝) 17:30開演
【会場】新居浜市市民文化センター 大ホール
北九州公演
【日程】2026 年 9 月 26 日(土)・27 日(日)
【会場】J:COM北九州芸術劇場 大ホール
各公演の詳細は下記公式サイトにてご確認ください。

なにが起こるかわからない時代だから
やれるときにやりませんか? と言いました
ーー第三舞台2026『パレイドリア』公演、とてもうれしいです! 公式サイトに寄せられたコメントによると長野里美さんが主宰の鴻上尚史さんに「やろうよ」とおっしゃってくださったとのことです。
最初に言ったのは5年くらい前でしょうか。2001年に第三舞台20周年記念&10年間封印公演『ファントム・ペイン』があって「ああ、このあと10年、第三舞台はないんだなあ」と思っていたのが、10年後(2012年)の第三舞台封印解除&解散公演『深呼吸する惑星』で解散になりました。60代になってあるとき、ふっ、と、今、私は気力体力ともにすごく充実してるな、と実感したんです。
だからこの感覚があるうちに、もう一回、「第三舞台」をやりたいなと思って。私が配信している「長野里美ちゃんねる」へ4年ほど前に鴻上さんをゲストにお招きしたとき( 前半・後半 )も、そんな話をしたんです。ただ、そのときも今作の合同取材会でも話題に出ていましたが、同じメンバのー小須田康人くんと鴻上さんの間でなにやら確執があったようで……「小須田がねえ、うんというかなあ」と言っていて、そこが決まらないと実現できないという話があったんですね。
ーー確執とは?
おそらく『深呼吸する惑星』の惑星アルティア65のマギエル首相という役で小須田くんが顔を真緑色に塗られたからだ、と私はにらんでいるのですが、全然ちがうかもしれません(笑)。まあ、どこの劇団でもあることだとは思うんですが、私たち俳優はね、20代のころからどれだけ鴻上さんに無茶振りされてきたか……という話を集まるたびにしてるんですけど(笑)。
同時に「いつ、誰が欠けてしまうかわからないよね」と話もしていて。私たちは初期の頃すでに岩谷真哉さんという俳優を亡くしているし、俳優を辞めた人もいて、コロナ禍のように思ってもみなかったことが起こる世の中だから「みんなが生きているうちにやりませんか?」と鴻上さんに言っていました。
ーー鴻上さんは「長野里美ちゃんねる」で「いつか第三舞台のメンバーで、第三舞台版『八月の鯨』(1988年公開の映画)を演りたい」「第三舞台だけでなく一緒に観ていてくれた観客も年を重ね人生を過ごしてきた」ということを作家として描(えが)きたいと話していました。
そういう想いもずっとあって、いつかやりたいと考えていたとは思うんです。でも、それには準備が必要で。ただ、話が前後するんですが、あるとき駅で偶然に鴻上さんと会ったんです。たまたま出かけた先で「おう‼︎」ってなって。そうしたら鴻上さんが、今から『朝日のような夕日をつれて2024』のコメント動画を撮りに行くと言っていて。「今日、大高と小須田に会うんだよ。こんな日に里美と会うのもなにかの縁かもしれないな」と、ニコニコしていて、もしかしたら、そのときには動き出していたのかもしれません。
その後に『朝日のような夕日をつれて2024』を観て、それがすばらしかったんです! でも、すばらしかったと同時に、たとえ身体が動かなくてボロボロだとしても、『朝日〜』は大高・小須田でやるべきじゃないの? と思っちゃって、鴻上さんに「そんな姿をさらしたとしても、むしろ、そんな姿でこそ演る意味があるんじゃないですか?」ということを言わせていただいたんです。そうしたら、ちょっと神妙な感じになって「そうだよな」と返してくれて。
ーーその後、今作の上演が決まられた?
はい。それまでに大高さんと鴻上さんと三人で会って「実現するにはどういう形がいいか?」みたいな相談はしました。そこから、いよいよ演ることが決まったときに「名前をどうしようか?」という話があって。いろんな案が出たんですが最終的に鴻上さんが「2026年に演るから『第三舞台2026』にしたい」と、決まりました。
ーー確かに『天使は瞳を閉じて』や『朝日のような夕日をつれて』も、その上演年がついていて「今」ということを大切にしているように感じます。
それはあると思います。実は当時「第三舞台が苦手だ」という他の劇団の俳優がわりといて。そのころは理由がわからなかったんですが、鴻上さんの作劇のスタイルは、目の前にいる生身の人物と現代の社会を題材にしているから、役を演じることよりも「生身の自分」が求められていたんです。
ただ、私自身は演技は自分を出すよりも与えられた役に潜り込んでいくのが愉しくて、そこに自分をはめこんでいく作業がおもしろいと思っている部分があって、たとえば翻訳ものなら時代背景も含めて人物を研究して自分なりに寄せていくものですが、鴻上さんの作・演出の場合、寄せるものがないんです。むしろ「自分のままで板の上に出たときに、なにが見せられるのか?」と。「心を素っ裸にしたときに魅力的じゃなければ意味がない」と言われていて。
でも、どうしていいのかわからなくて戸惑っていると「そんな姿を見せてどうするんだ」と追い詰められて。わからないまま大泣きしてみたり、大笑いしてみたり、そのときにできることを全力で振り絞っていました。それを繰り返していくうちに、あの時代の自分の演劇スタイルが作り上げられてきたように感じます。
ーー私感ですが、長野さんが演じた『天使は瞳を閉じて』(1988年)のケイ、『ピルグリム』(1989年)の朝霧悦子や『トランス』(1993年)の紅谷礼子といった登場人物は、ともすれば不器用で痛々しく、欲しいものがあっても真面目過ぎて楽な方を選べず、観ていてしんどい役が多いように受け止めていました。
でも、これ以上はつらい……というギリギリのところで、ふっ、と笑っちゃう軽妙さや愛らしさがあって、その絶妙さに心揺さぶられていました。今日、それらが自身をさらけ出したゆえの発露と知り、観客のひとりとして感謝します。
だとしたら光栄です。ただ、今にして思えば、当時、私たちが演っていたのは「演劇」とはちがうものだったのかもしれません。だから俳優から見た第三舞台はちょっと特殊だったのかも……というのも、自分がその後いろいろと経験したから、ようやく言語化できるという感じですし、あくまでも私の想像ですが。
もともとあまりストーリーをわからせたくない、という思いが鴻上さんにあって、昔はもっと本筋とは関係ないところで笑いを誘って物語を撹乱する、みたいなことがありました。ただ、劇団外の公演の『トランス』ではストーリーと役柄が明確になっていたし、鴻上さんも年とともに変わっているんだな、とは思っています。
今の自分たちを見せることが
希望なのかな、と思っています
ーー久々に「第三舞台」としてメンバーの方々と稽古に入っています。
それぞれに経験を積んできたけれど、本質的なところはみんな変わっていないなと感じています。今回は鴻上さんが「今の私たちなら、こうだろう」みたいなものも織り込んで脚本を書いてくれているので、すごく新しいことに挑戦している感じでもなく。初めましての方もいるけれど、年も重ねてコミュニケーションの取り方も上手になっていることもあって、家族じゃないけど、正直に向き合えるというか飾らなくていいので心地よく過ごしています。
昔は劇団員として「自分対鴻上さん」という意識が強かったから、ぶつかったこともありましたけど、なんといっても私たちも60代なのでね。立っているだけで味が染み出す……みたいなものもあると思うんです。だから、今、私たちができることをやろうね、という話はしています。
ーー「第三舞台」としての公演がある、そのことがうれしい観客も多いかと。
ただ、少し不安もありました。この作品の合同取材会で、鴻上さんが「60代を迎えた世代と世の中に不安を抱える若者たちとの対比と、その先にある希望を描く」といったことを話していて。それを客席で観たときに「あー、現実って、つらいな」と感じさせてしまうなら、今、演る意味はあるのかな、とも思ったんです。
でもね、稽古を通してだんだんと、私たちが舞台の上で物語の結末に向けて全力でおもしろがって演っていればいいのかな、と思えてきて。ただ、久々に私たちを観に来てくださる方々は、うわー、やっぱり年取ったなーと感じられるだろうし、かつてのシャキシャキ動いていた当時のイメージから遠く離れているという確かな現実が待っているかもしれないんですが(笑)。それでも白髪になっていようが、足や腰が痛そうに見えようが、お客様と同世代の我々が、まだ、全力で動き回って、おっきな声で叫ぶんだ、という姿を見てもらうことが、そのまま希望なのかな、と辿り着けたんです。
ーーその言葉がうれしいです。そして、「第三舞台」といえばダンスです。
もちろん踊ります! 「第三舞台」時代から変わらず、川崎悦子先生が振付に入ってくださっていて。私も張り切ってしまい「こういうダンスを踊りたいです!」と、YouTubeでカッコいいダンスを見つけて鴻上さんに動画を送りました。でも、物理的に難しいとか、いろんな理由を付けて却下されちゃって。それでも一応、食い下がったら「じゃあ、安西慎太郎と小松準弥を左右に置いて、真ん中で踊ればいいんじゃない」と言われたんですが、どう考えても物語的にそんなシーンは必要ないんですよ。だから無いと思います(笑)。
ただ、川崎先生は鴻上さんの意向をくんで、みんなが踊れるように物語にそった振り付けをしてくださるので今から楽しみです。稽古の進みも速いんですよ。もともと「第三舞台」は本読みをあまりせず、すぐに立ち稽古に入るんです。そのときに台本を持っていると動きにくいからなるべくセリフを覚えていくんですが、若者たちの覚えるスピードがすごくて! どんどん覚えてくるから立ち稽古の場面がどんどん進んじゃって、なんだこの速さは! と。今はもう、誰も台本を持っていません。さらにみなさん、声もでるし、動けるし、稽古の最初からそんなに感情を入れられるんだ! と驚くことばかりですが、一緒に進んでいこうと思います。
ーーそうして、俳優を続けていただくことが、観客にとっての幸せです。
結局、続けていますね。思い返せば小学校も中学校も演劇クラブに入っていたんです。でも高校には演劇部がなかったから、自分で立ち上げました。考えてみたら6歳の頃に子役も活動していたような劇団に入りたいと親に言ったけど反対されて。でも、ずっと演劇をやりたくて。ただ、大学生のときは、このまま就職して映像の裏方の仕事とかに就くのかな、とか思っていて、きっとほかにもたくさんの道があっただろうけれど、結局、私はこれを第一の職業に選んだんだな、と後から思いました。
「第三舞台」の名前を聞いたことはある、あるいはまったく知らないという方も、どんな劇団だったんだろうと思う方もいっぱいいらっしゃると思います。もちろん当時から観ていてくださる方々もいてくださると思うので、先ほど話したように、60代のメンバー4人と映像出演の1人(筒井真理子)と若い世代の俳優陣とが一緒に、変わらず元気いっぱいに遊んでるんだな、と観ていただけたら。みんなで紡いだ愛をいっぱいにしてお迎えするので、ぜひ、劇場にいらしてください。
長野里美 ながの・さとみ
公式サイト https://naganosatomi.com/
公式X @SatomiNagano

