9名の俳優、5チームで贈るライト兄弟の物語。ミュージカル『翼の創世記』誕生秘話をここに。石丸さち子さんインタビュー。
2024.11.21
スケジュールが空いたので
今こそチャンスと
願っていた上演を決めました
蜷川幸雄氏のもとで俳優・演出助手として活動後、演出家として独立。劇作や作詞、翻訳訳詞も手がけている、石丸さち子さん。
作・演出『Color of Life』(2013年)でN.Y. Midtown International Theatre Festivalで最優秀ミュージカル作品賞、最優秀作詞賞、最優秀演出賞に輝く。
現在、New Musical『Color of Life』(2019年)、『ひりひりとひとり』(2022年)などオリジナル作品から、ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』(2021年)、舞台『鋼の錬金術師』(2023年)といった2.5次元舞台と幅広く手がける自身が贈るのは、空を飛びたいと願う兄弟の物語。
空を飛びたい、と願う
ライト兄弟を題材に選んだ理由
ーーライト兄弟を題材に選ばれたのは?
私は本を読むことが好きで、伝記をたくさん読んで育ちましたが、同時に疑問がたくさんあったんです。たとえばキュリー夫人はなぜ夫人なんだろう、ライト兄弟はなぜ兄弟なんだろう、と。そうして紐解いていくと、科学技術の発展への情熱に心動かされ、その背景にある物語を想像することが楽しくて。そんな思春期を過ごしました。
ことにライト兄弟は空を飛びたいという強い思いから、知識も資金もないところから、初めて有人の動力飛行機を生み出したことにとてつもなく心惹かれました。その、ときめきの萌芽のようなものがずっと胸の奥にあって、いつしか舞台という形で描きたいと願っていました。
ーーそれがこのタイミングだった?
実は昨年の夏に、この年末が、ぽか、っと空いていることに気付いて。それまでは、ありがたいことに大きな劇場での作品に参加させていただきましたが、そろそろ自分でもなにかやりたい……と、うずうずする気持ちが芽生えていたので、これは神の思し召しだ、と思って決めちゃいました。
ーー脚本を拝読しましたが、ライト兄弟の生涯を描いた叙事詩でした。
時の流れを追いかけるのが好きなんです。『Color of Life』という作品に「タイム」という曲があって。これはアメリカの9.11、日本での3.11という悲劇を体験し心に穴を開けたまま生きていたふたりが出会う歌ですが、そのなかにライト兄弟が飛んだこと、ジョン・レノンが逝ってしまったことが入っているんです。
さらに訳詞・翻訳・演出を手がけたミュージカル『マタ・ハリ』に登場する、アルマンというパイロットがいて。第一次世界大戦時、偵察機に乗るんですが「今までは飛行機が飛んでいく朝焼けの時間が好きだったけれども、今は、その朝がみんな、死に逝く時間になってしまった」といったことを語ります。それがライト兄弟が空を飛んでから、10年ほど後のことで。兄弟が描いた夢はこの短い間に、そんなふうに変容してしまったんだなあ、と思いを馳せていて。
それらすべてが現在へと至る私の歴史のなかでピックアップされていたようで。ジョン・レノンについては、その後、舞台『BACKBEAT』で描ける僥倖があったので、きっと、ライト兄弟を描くときがきたのだと感じました。
ーーそこから、今回の公演の形を組み立てていった?
はい。ライト兄弟について調べ始めたときに、とても心揺さぶられたんです。兄のオーヴィル・ライトだけが76歳まで生きながらえるんですが、晩年のインタビューで自身の発明が戦争利用されることへ責任を感じるかを問われ、はっきりと「飛行機は平和利用できるものです。平和に貢献するものであり、どうしても起こり得る戦争というものを早期に解決するものです」と答えているんです。そして、その答えは第二次世界大戦後も変わらなかったんです。
実は原爆を発明したオッペンハイマーの映画でも、最初に同じことを語っていて。人類のためにプロメテウスが神の火を盗むというギリシャ神話があり、火は使い方をまちがえてしまえばこの地上すべてを焼き尽くす存在かもしれない。ただ、火がなければ文明の進化はありえなかった。だからこそ、火は誰かが盗んでくる必要があった、と。
オーヴィル・ライトも、インタビューではやはりプロメテウスの火を引用しています。ライト兄弟についてさらに調べていくと、今では英雄とされていていますが、ある時期までスミソニアン航空宇宙博物館はライト兄弟を迫害していて、その偉業を認めていなかったんです。だから、今残されているのは、英雄としての姿だけ。なので、より深く彼らを知るためにアメリカへ飛びました。
ーー行動力がすてきです。
飛行機に乗る間もライト兄弟によって、今、空を飛んでいるんだ……と、一瞬一瞬に感動していました。さらに、こんな機会だからこそ、あえて直行便を使わず、いろんな空港でたくさんの飛行機に乗りました。
ワシントンのスミソニアン博物館でライト兄弟の栄光の軌跡を追い、同時にB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」をこの目で見て、彼らが生まれ育ったオハイオ州のデイトンにある航空博物館「国立アメリカ空軍博物館」を訪ね、資金調達のため操業していた自転車屋「ライトサイクル商会」の見学を予約し、係のお姉さんから「もう、いいですか?」って聞かれるまで隅々まで記憶に留めました。兄弟が空飛ぶ鳥の翼の秘密を知ろうと日々通っていたグレートマイアミ川のほとりを散歩して、ふたりはどんな言葉をかわしたのだろう、と妄想しました。
ーーご自身が創られる作品世界はすべて地続きにある、と感じます。
歴史を知ることが好きで、いろいろな発明や発見の影に、どんな葛藤があって、どんな物語があるのか、考え始めるとたまらない気持ちになるんです。たとえば避雷針を発明したベンジャミン・フランクリンは、もともと雷は神の怒りとされていたことから教会から神への冒涜だ、と言われてしまう。
ライト兄弟も飛ぶための研究を始めたころ、当時、飛ぶ研究の最先端だったドイツのオットー・リリエンタールが自作のハンドグライダーで墜落死する悲劇を受け、神の領域である空を飛ぶなんて罪深い、と世界中で痛烈な批判が起こるんです。でも、彼らは負けなかった。むしろ、リリエンタールが空を飛んだ、という事実を讃えようとする。
ーーなぜでしょう。
ひとりではなかったという力が強いと思います。彼らが「兄弟」と呼ばれている理由と思えたのは。残された多くのインタビューで「We」つまり、僕たち、私たち、と答えているんです。日記や手紙を集めた文献では、常に、We、とある。彼らのアイディンティティがそこにある、と知った瞬間、その絆に深く胸打たれました。
哀しいことに兄のウィルバー・ライトが先立ち、残された弟のオーヴィル・ライトが「I」、つまり、ひとり、でいることにずっと苦しみならがも、神父の父を持つがゆえに自ら命を絶つなど想像もできず、孤独のなかで「飛行機は平和のためにある」と伝え続けたことに感動したんです。
演劇をやる、ということは出会うこと
だからオーディションを行いました
ーー登場するのは兄のウィルバー・ライト、弟のオーヴィル・ライト、そして妹のキャサリン・ライトの三人です。出演者をオーディションで募っていました。
ライト兄弟はもちろんのこと、妹のキャサリンは欠かせない存在でした。彼女は兄弟の最大の理解者にして協力者で、女性参政権活動にも参加するほど有能な人だったので、ともすれば政治の世界で名を残すかもしれない存在でした。でも、兄弟を支えることに生涯を捧げることを選びます。なので、この三人を誰に託せるかを考えて、新たな人々に出会えることを信じオーディションを行いました。
じっくりと話したかったので時間をかけて、ひとりひとりとお会いしました。私のオーディションはいつも、かなり稽古をするんです。そこで言葉が通じるか、こちらの意図をどう咀嚼して出してくれるのか、といったことを感じとる。それは、ある台詞を言う、何曲か歌う、だけではわからないので。
舞台『鋼の錬金術師』も、ありがたいことに未だに出演者の方々が語り継いでくださっていますが、オーディションのときに、ある演出で稽古をし、シーンを完成させました。午後の1時から8時くらいまでかけワンシーンを丸ごと創りあげ、本番でもその演出を採用しました。みんな「こんなに汗を掻くオーディションは初めてだ!」と楽しそうに参加して、創ることを楽しんでくださいました。オーディションでは時にそういった奇跡のような事が起こるんです。
ーー濃厚です! 今回、9名の俳優が、A、B、C、D、Eと5つのチームとなり日替わりで出演します。
オーディションで出会えた方が半分、オファーした方が半分、といった感じですが、5つのチームになったのは、やっぱり「出会ってしまったから」なんです。劇団四季を離れた直後にミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』でご一緒した上川一哉さんが「進化した僕を見てもらえますか」と参加してくださったり、『Color of Life』で同じ役を演じた上口耕平さんと鈴木勝吾くんが兄弟として共演することになったりと、作品にとってミラクルなことが起こりました。
なかでも鈴木くんには兄弟両方を演じてもらいますが、これは、私からの挑戦状です。公演を決めたとき、真っ先に連絡したら「スケジュールを空けられるので、じっくり向き合う時間を作ります」と言ってくれて。さらに兄弟のどちらを演じてもらおうか、悩んで悩んで悩み抜いて決められず、最終的に「決めました。両方、演ってください」と伝えたら「やります」と言ってくださいました。
さらに、すでに作品を一緒に作ってきた工藤広夢さん、百名ヒロキさん、初めてのDIONさんといった方々とも出会えました。キャサリン役は全員、オーディションでしたが、門田奈菜さん、福室莉音さん、山﨑玲奈さんそれぞれに魅力的な方々と出会えました。そのなかの玲奈さんは最年少ですが、ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』でリンを演じ、子役としての出演ながら歌で観客を圧倒しました。
ーー俳優の方々との信頼関係を感じます。
出会いは必然だと思っているので、信じることが成功の鍵です。今回、子ども時代から年老いた姿まで幅広い年代を演じますが、実年齢関係なく役に入り込めるのが演劇のおもしろさなので、本当は予定になかったけれど若いチームも作りました。
私はすでに老いることの楽しさや怖さも知っている。でも、若い世代の、今、未来を見つめている彼らが、50代の妹、あるいはひとり残ってしまった70代の弟の絶望を想像力で演じたらどうなるのか、観てみたくなったんです。
ーー稽古を拝見しましたが、まとう空気がそれぞれ異なり、わくわくしました。
今、それこそ家族のように全員で稽古をしています。最初からチーム別に呼ぶことはしません、と伝えていて。だから互いに刺激しあって、先輩たちのエネルギーが若手を引っ張るし、その若手が経験値的に不足はしているけれど、それを補って有り余るエネルギーで挑んでいる。互いに力をもらっている姿に感銘を受けています。
ある場面で「絶望の報酬は信じる力」という台詞を書きましたが、もうひとつ「成功の報酬は新しい目標」という台詞も書いていて。人は、なにかを成し得たときにとんでもない進化を見せることがある。この稽古場でも、そんなことが起こりつつあります。なんというか……もうひとつ、上に行くというか、脳が目覚めるみたいな。きっと幕が開いてからも舞台上でも進化は続いていくので、どんな高みに辿り着けるのか、目撃してほしいです。
ーー劇場は「ブルースクエア四谷」という、ライブハウスのような空間です。
下見に行ったときに、この劇場をこう使いたい! という案を思いつき、決めました。年末の忙しい時期に選んで、足を運んでくださる方々にうんと楽しんでいただきたくて舞台上だけでなく、劇場全体に美しさを詰め込みます。
劇場のご厚意で壁に絵を描いてもいい、というお許しをいただいたので、現代アートのインスタレーションのように、一歩、踏み込んだ瞬間から、ライト兄弟の記憶が散りばめられたような空間でお迎えするつもりです。千秋楽後は現況復帰のために壁を塗りつぶしてしまうので(笑)、公演中は思いっきりその空間で遊びたいと思っています。
ーー公演期間も11月29日から12月25日と、一ヶ月近くの公演です。
演劇はある程度、上演を続けるほうがいいと思っていて、俳優の演技も重ねるごとに変わっていくのが演劇のおもしろさで、日々、変化することが楽しみだと考えています。蜷川幸雄氏のもとで演出助手をしていたので、これは蜷川譲りの考え方ですが、演劇を果実に例えて、まだ青みの残ったコリコリした歯ごたえが好きな人、熟れたところが好きな人、ちょっと熟れすぎたくらいが好きな人、それぞれ好みがあると思っていて、様々な味を楽しんでほしい。
さらにオリジナル作品でどんな内容かもわからないところで、初演を観劇してくれる方々が「おもしろいから、また観たい」、あるいは「おもしろいと聞いたから、観ようかな」というときに、上演が続いていることが大切だと思うんです。
ーー確かに!
ご来場くださる方を絶対に裏切らない世界を届けよう、まずは観ていただこう、そうしたら、きっと伝わる。そして、観ていただくことで、この作品がさらに羽ばたく可能性があるにちがいない、と信じています。
改めて、この年になってまで、自らプロデューサーとしてすべてを引き受け、こんな苦労をしなくても……とは思います(笑)でもね、自分で企画して、予算に悩み、制作業務の大変さに苦しみながらも、一方でとてつもなく楽しいんです。だから今、自分の手で創る楽しさを噛み締めています。演劇は、稽古場を開くまで、稽古中、本番中、と、長い時間をかけて向き合う仕事ですが、たくさんの出会いが作品を思わぬところまで連れていってくれる。だからこそおもしろいんです。初めて世に出る作品を演じることに、みんながわくわくしている空気を受け取りながら、その想いごと、初日に向けて届けたいーーそのために日々、稽古をしています。どうか、私たちが飛び立つ瞬間を見届けてください。
石丸さち子による完全オリジナルの脚本と演出、そして作詞、音楽家・森大輔の生演奏で届けられる本作は観る者の心に、見えない火を灯すだろう。
2024年11月都内収録 取材・文/おーちようこ
■ミュージカル『翼の創世記』
公式サイトリンク https://s-ishimaru.com/wings/
公式X https://x.com/polyphonic24