「熱海殺人事件モンテカルロ・イリュージョン」千秋楽レポと「熱海連続殺人事件」によせて
撮影:サギサカユウマ/文:おーちようこ
「この作品は4年前、2020年にコロナ禍で千秋楽を迎えることなく中止になり、翌年も上演の予定でしたが実現できず…………」
千秋楽の舞台上、カーテンコールの挨拶で木村伝兵衛部長刑事役の多和田任益さんが思わず言葉をつまらせた。
と、そこに大山金太郎役の鳥越裕貴さんがツッコミを入れる。それは多和田さんではなく、最後の自身の長セリフを吐きながら、とっくに涙を流していた、速水刑事役の嘉島陸さんにむけ。
「だーかーらー! 伝兵衛より先に泣くな、って言っただろ!!!」
「…………(言葉にならないまま、うなずく)」
その掛け合いに、劇場から笑いが。
水野朋子婦人警官役の木﨑ゆりあさんも笑みを見せる。
嘉島さんは公演中、果敢に挑んでいた日替わりネタがあった。それは「化粧が崩れて捜査ができない」と嘆く伝兵衛に、「きれいですよ! だから捜査に戻ってください」と本筋に戻す場面。余裕たっぷりになかなか戻そうとしない鳥越さんと多和田さんにイジられながらも、考えてきたであろう「えっ?」というボケを繰り返す、あるいは「今日は、なにやんの?」と先に突っ込まれながらも、毎公演、食らいついていた。千秋楽ではとうとう木﨑さんも参加して応戦。全員から愛あるダメ出しをされながらも、最後の最後に客席からは拍手喝采が。
多和田さんの歌声は伸びやかで、鳥越さんは縦横無尽に暴れまわり、木﨑さん演じる水野、が捜査のために演じるアイ子の叫びは悲痛で、けれど金メダル候補選手としての誇りに満ち、全員の蹴りの打点はとてつもなく高く、さまざまなキッカケがものすごく多い演出ながらも、全員の息はぴったりだった。舞台上の4人だけでなく、劇場中の全員が、結末に向け疾走していた。
好きなセリフがたくさんある。
なかでも大山金太郎の「パンティーでパー!」だ。あんなにも哀れで、苦しい、スポーツ選手のセカンドキャリア(これは戯曲執筆当時から現在に至るまでなかなかに重い課題だと思う)への懊悩を激白したあとに、実に軽やかに馬鹿馬鹿しくも愚かしい出来事を、あれほどの説得力をもって言える役者は他にいない、とすら思う。水野の「親に、そう育てられましたから」は、だからこそ親を裏切ることになる哀しみが浮き彫りになり、続く「我慢してもらいます。親ですから!」と言い切る姿が切ない。
書き出すときりがないので、千秋楽の挨拶へ話を戻そう。
「今年、新たに、ゆりあちゃんと陸くんを迎えて、初演の兒玉遥ちゃん、菊池修司くんの思いも背負って、この日に辿り着けました。ありがとうございます」
続けられた多和田さんの言葉に拍手はやまず、繰り返されるカーテンコールのなか、突然、上手階段から客席へと降り立った。
そのままキャスト全員が続き、途中、奥の客席に向かって拍手を。その先には本作の演出を手がけた中屋敷法仁さんと振り付けを手がけた野田裕貴さん、Standard演出の中江功さんが。大きな拍手のなか彼らが迎えられ、中央通路を優雅に歩き、下手階段から舞台上へ。まるでパレードのようだった。さらに上手方向に向かって、手招きする多和田さん。すると、もうひとりの木村伝兵衛の荒井敦史さんと本公演でMCや爆弾役で活躍の久保田創さん、そして嘉島さんと同じく、初「熱海殺人事件」にすさまじい熱量で臨んだ熊田刑事役の富永勇也さんが登場。客席に向け、深々と一礼。
おそらく予定にはなかったであろう、粋な計らいに会場は爆発した。
最後の最後は4人の出演者で登場、いつものように緞帳が降り、紀伊國屋ホール60周年記念公演「熱海連続殺人事件」は幕を閉じた。
改めて、とんでもない舞台だった、と噛みしめる。
紀伊國屋ホール60周年記念公演「熱海連続殺人事件」と銘打って、Standard公演とモンテカルロ・イリュージョンの同時上演……なんという僥倖だったのか、と感謝せずにはいられない。互いがあるからこそ、より作品が際立つ、そんな日々だった。
荒井敦史さん演じるStandard版の木村伝兵衛の人間臭さと思慮深さを軸に捜査は進む。
その胸を借り全力でぶつかり、削りに削られてしまった尊厳をとりもどす高橋龍輝さん演じる大山金太郎の愚直さ。伝兵衛に尽くし潜入捜査にも挑む、新内眞衣さん演じる水野朋子婦人刑事の慈愛と献身。意気揚々と富山から東京の捜査室に赴任する富永勇也さん演じる、熊田刑事の青臭さと純情。
大山が、水野が、熊田が激白する、その後ろで、不敵な笑み、あるいは、ほう? というような感情を浮かべ、捜査の進展を見守る、表情豊かな伝兵衛。「水野くん、それってどういうこと?」と発言を即す。演出の巧みさゆえに感情が交差する、その様子が見える舞台はまるで、伝兵衛が指揮する美しい演奏を見ているかのようだった。
そして「熱海殺人事件モンテカルロ・イリュージョン」だ。コロナ禍により二度の中止を受けながらも、初演での「改竄」の文字が取れ、新作として届けられた。その理由は当サイトでの座談会で明かされているので読んでほしい。その記事では「歌謡ショーのふりをしたナニカ」と記したが、終わってみれば複雑に絡みあいながらも、登場する者の人生が織り込まれ、綺麗に、緻密に、大胆に編まれた御伽噺のようだとも思った。
熱海で起こった殺人事件を捜査する、という内容は同じ。しかし、さらに複数の事件が絡み合う。オリンピック選手だった兄の、モンテカルロでの自動車事故死の真相を追いかけ山形から赴任してきた速水刑事。
彼は、事件の容疑者で兄と同じく元オリンピック選手、かつ恋仲でもあったバイセクシュアルの木村伝兵衛部長刑事から、ある殺人事件の捜査を命じられる。
ひとつはタイトル通り、熱海での事件。
もうひとつは、青森県竜飛岬での事件。
このふたつを追ううちに、日本選手団がモスクワオリンピックに出場できなくなった理由、写真館の放火、新宿二丁目の放火の謎が明かされる。
そこには水野朋子婦人警官と砲丸投げ選手だったアイ子の青春と尊厳があり、補欠選手だった大山の哀しみと愚かさがあり、愛する者に殉ずる伝兵衛の健気さと純真があった。
歌われる歌詞のひとつひとつが真相へと近づく道であり、その度に大山の笑顔はこわばり、唇を噛み締める。華麗に楽しく歌って踊る姿につい目を奪われてしまうが、周りの者たちの表情こそが、雄弁に捜査が進んでいることを見る者に伝える。
そうして、明かされるすべてを受け止めた速水刑事は己の直感を信じ、「犯人はあなたではない!」と断言。最後の最後に真相を語るよう伝兵衛に迫る。その真摯さに、集中治療室で自分を待つ水野に、己の尊厳にむくいるため、秘めた思いを初めて明かす。
「抱かれたかったです!」
刹那の伝兵衛は、本当に狂おしく、美しく。
そして「6メートル88センチ、あなたなら跳べましたか?」と問われ、早稲田の木村は力強く答え、跳ぶ。
最後に。
つかこうへい作品を演じたい、と語る役者は多い。爆音で流れる音楽、苛烈なセリフの数々、それらを舞台のど真ん中で眩しい照明を浴び、叫ぶ。それはさぞかし魅力的だろう。
だが、つかこうへい氏が若き俳優のために書いた脚本だからこそ、わからないままに全力で膨大なセリフをその心身に叩き込み、動き、叫べば、なんとなくサマになってしまう…………それだけに怖い演目だなあ、とも思うし、だからこそ、どんどん挑戦してほしいし、貪欲に己の糧としてほしい、とも願う。
今、観たものはなんだったのか? と混乱しながらも、魅せられ、役者と演出家が変わるたび、同じ演目でありながら、その年の「熱海殺人事件」を観続けてきた。今回の座組みは、この作品をどう演じるのだろうか、とわくわくしながら。
観劇した人、すべてにそれぞれの解釈があり、心奪われた場面があり、感想があるだろう。また来年、新たな「熱海殺人事件」が紀伊國屋ホールで上演されることを信じて、今年も劇場を後にした。
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