舞台の上で魔術師が囁く──音楽劇「ロード・エルメロイII世の事件簿」紅玉いづき
2020.1.11
『ロード・エルメロイII世の事件簿』舞台化。その一報を私は主演のキャスト告知とともに知った。主演・松下優也の文字を見て、思わず立ち上がって声を上げた。
「II世歌うの!?」
だってあの、松下優也である。彼を起用して、歌わなければ、歌わせなければ絶対に嘘だ。それは、彼の舞台上での歌声を知る人は誰だって思うことだった。それを裏付けるように、堂々たる「音楽劇」の文字。
最高じゃないか、絶対に行こう、と思った。松下優也が歌う。あの、時計塔の君主(ロード)として。傷を持ち、不器用で、そして消えない思いを持つひとりの魔術師として。彼の歌声に乗る巨大な情感が、今作では果たして何者に向けられるのか──考えるまでもない。劇場に行く。絶対に損をすることはないだろう。
2019年の暮れ、あらゆる予定に都合をつけて、観劇の機会を得た。
改めて並ぶそうそうたるキャスティングを見て、「歌の上手い役者しかいない」などと開演前は言っていた。けれど、本当に「歌が上手い」ということがどういうことか、私はまったくわかっていなかった。
演劇において、歌が上手いということは、歌手として技能があるということではない。歌いはじめた瞬間に世界を変えて、舞台の端から端まで、情感を揺さぶるということだ。これは魔術だと私は思った。私は本物の魔術に立ち会っているのだと。
息をのむほど豪華な舞台装置があり、精密な考証の上に成り立つ魔術理論が展開される。『TYPE-MOON』シリーズが紡ぐ世界観の中に生きる、魅力的なキャラクター達。そして、ミステリーという形で物語られる、人間と人間の行き着く果て。
その軸となるのは、やはり、歌だ。
私はすぐに感情移入をしてしまうので、舞台を見ながら涙をこぼすことも多いのだけれど、物語ではなく歌声だけで涙が誘発されるのは、滅多にない経験だった。もちろん歌の上手さもあるだろう。けれど、キャラクターと重なって、心情と重なって、心臓の裏側の弱い部分に触れられたら、人間は涙が出るようにできているのだと思った。
華やかで、極上の歌をうたう方しかいないけれど、その中でも「とんでもないな」と思ったのはグレイ役の青野紗穂さんだった。小さな体で、控えめな台詞で、あの松下優也さんと二人歌い合う場面が多い。荷が重いのでは、という不安を蹴散らすように、負けていない、どころか彼女はその歌で、グレイというキャラクターの「神聖」を体現してみせた。
グレイのもつ神聖とは一体なんなのか──作品ファンならもちろん知っているだろうけれど、そうではない方もぜひとも感じてほしい。歌は魔術で、そして力、そのものだ。
今作はディスク化された映像で見ても、配信で見てもきっととても面白いだろう。「こんな舞台化が見たかった」と間違いなく思える舞台だった。
けれど、やはり、劇場にまさるものはない。
だって、こんなに魅力的な世界を好きになったのだ。一度くらい、「本物の魔術」にかかってみたいじゃないか。
著:紅玉いづき
音楽劇「ロード・エルメロイII世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」
公式サイト https://stage-elmelloi.com/
【公演日程】
プレビュー公演
会 場 : 市川市文化会館 大ホール
公演日程 : 2019年12月15日(日)17:00開演
東京公演
会 場 : なかのZERO 大ホール
公演日程 : 2019年12月19日(木)〜2019年12月23日(月)
大阪公演
会 場 : サンケイホールブリーゼ
公演日程 : 2019年12月26日(木)〜2019年12月28日(土)
福岡公演
会 場 : 久留米シティプラザ ザ・グランドホール
公演日程 : 2020年1月11日(土)〜2020年1月12日(日)
東京凱旋公演
会 場 : 新宿文化センター 大ホール
公演日程 : 2020年1月17日(金)〜2020年1月19日(日)
【キャスト】
ロード・エルメロイII世:松下優也
グレイ:青野紗穂
フラット・エスカルドス:納谷 健(劇団Patch)
スヴィン・グラシュエート:伊崎龍次郎
ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ:浜崎香帆(東京パフォーマンスドール)
ハイネ・イスタリ:百名ヒロキ
時任次郎坊清玄:木戸邑弥
フリューガー:松田慎也
少年 従者:木村風太
ロザリンド・イスタリ:種村梨白花・ソニア(Wキャスト)
ウェイバー・ベルベット:植田慎一郎
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト:玉置成実
オルロック・シザームンド:花王おさむ
化野菱理:壮 一帆
【原作】三田誠/TYPE-MOON
【キャラクター原案】坂本みねぢ
【STAFF】総合演出:ウォーリー木下
脚本:斎藤栄作
演出:元吉庸泰
【主催】アニプレックス/キューブ/サンライズプロモーション東京/ノーツ