この「演劇」に、世界に、溺れてほしい──舞台『沈丁花』レビュー。アーカイブ7日間付き初日、大千秋楽公演配信中。

5日間、まるで奇跡のように
けれど確かに、その「里」は存在した

 

 なにか、をまもるために、なにか、を贄(にえ)にすることは仕方のないことだろうか──ほんとうに、それは仕方のないこと、だろうか。

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「演劇」という旅は、一歩、劇場に足を踏み入れた瞬間から始まる。KAAT神奈川芸術劇場、大スタジオの空間を存分に活かした舞台美術に、思わず息を呑む。
 やがて、美しい音色が、鳴り、響く。
 密やかな灯りのもと、雨音が忍び寄る。幽玄の空間が広がり、この空間に呑まれていく。雨に、水に溺れていく。
 そして、第一声が響き渡る。

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 首都圏を中心に大雨特別警報が出された、ある夜。
 古びたランタンに火が灯る。
 ここは旅行雑誌ライターの事務所。帰りそこねた油木正人(現在:大沢健)とアシスタントの御母衣慎平(宇佐卓真)がふたり。
 跡切れ跡切れのラジオが、ぶつり、と切れた刹那。とつとつと、思い出話が語られる……それは、沈丁花香る温泉街『白花温泉』に迷い込んだ日々。

 20年前。
「1999年3月7日午前0時15分」
 台詞とともにアンサンブルの人々が舞い、ここが山肌の崖だと、空間を伝える。
 油木正人(過去:松島庄汰)は遭難していた。
 樹のうろにすっぽりとはまり、土砂降りのなか、震えていた。
 丸一日、彷徨(さまよ)って、また同じ場所にたどり着き、絶望のなか絶叫し、泣き崩れ。かすかに香る沈丁花の薫りに誘われ、ようよう辿り着いたのは──人里離れた山奥にひっそりと佇む温泉宿。待っていたのは翡翠色をした、たっぷりの湯。

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 里唯一の小さな宿を営む、女将──どこか浮世離れした早明浦やゑ(山田真歩)は戸惑う。
「泊めてもいいか……?」との問いかけに観光協会理事長の鳴子徳治郎(渡邊力)は答える。
「よっぽどていねいに、おっかえさなくちゃなんねえよ」
 果たして、その言葉の意味するところは?

 現代。
 発表せずにいたまま、20年前に書いた原稿。
「内緒にしておきたかったんだよ。なんとなくね」 
 しかし、そこにつづられた記録と記憶は乖離して──年を経て今は穏やかに語る油木だが、当時の取材は青く、若く、傲慢さにあふれ、「正しい観光地のあり方」を、里の人々に説いて歩く。けれど、ある出来事をきっかけに里に受け入れられるまで通い続けると心を決める。一方、同じく里の湯に魅せられたという、新聞記者の滝里純(藤原祐規)の思惑が交差する。

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 ますます激しくなる雨、緊急警報を伝えるとぎれとぎれのラジオの音──に重なるダム建設反対の声──湯屋で働く三助の寒河江常吉(和合真一)が慟哭する。
「なぜ、村は沈まなければならないのか!」
 しかし、彼にも秘密はあった。

 防災放送。
 午前3時18分、地区全域に、避難を求め、ダムの放水を知らせる放送が流れる。
 しかし、油木は動かない。
 下流の街を守るためだけに水の底に沈んだ、山奥に密やかに存在する里がある。だからこそ彼は、この嵐の夜、避難するわけにはいかないのだ、決して。だって、あの里の湯をたたえた水が、この地に押し寄せてくるのだから。

 くるりくるりと過去と現在を行き来して、紡がれる物語は人の愚かさと哀しさと愛おしさ。人々が森羅万象を表し、伝え、慟哭し、泣き、笑う。たっぷりと演劇に浸る、幸福な2時間がそこにあった。観終わって、改めて「沈丁花」を象(かたど)ったメインビジュアルを見かえしてほしい。きっと、ぞくり、とするだろう。

 観ながらも、これはなんだろう? 今、自分はどこにいるのだろう? という想いがぐるぐると頭を駆け抜け、いっそ遠くに連れ去られてしまいそうになる。ああ、演劇を味わう、とはこういうことだ、と実感する。未曾有のコロナ禍に見舞われ、多くの人が観劇から離れたであろう時代に、真摯に演劇と向き合う作品がこうして生まれ続けていることに心から拍手を贈りたい。この「演劇」というものの凄みがつまった空間を密やかに独り、そっと味わってほしい──。

撮影/中村彰 文/おーちようこ

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堀越涼の脚本・演出による新作公演『沈丁花』
12月16日〜20日、KAAT神奈川芸術劇場大スタジオで上演

舞台『沈丁花』

【脚本・演出】堀越涼(あやめ十八番)
【音楽監督】吉田能(あやめ十八番)
【出演】山田真歩、松島庄汰、大沢健、藤原祐規、渡邊力、和合真一、宇佐卓真、アンサンブル
【楽隊】吉田能 / ピアノ 中條日菜子 / ヴァイオリン 石崎元弥 / ドラム
【企画・製作】CCCreation

千穐楽LIVE配信(アーカイブ)付チケット販売中
公式サイト https://www.cccreation.co.jp/stage/jinchou-ge/

カンフェティStreaming
【配信販売公演】
■12/16(金)19時開演 初日公演 
■12/20(火)12時30分開演 千秋楽公演
配信チケット:各回3,900円(税込)アーカイブ7日間付
パンフレット付き配信チケット:5300円(税込) アーカイブ7日間付

■チケット取り扱い
カンフェティ
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※WEB予約のみでの受付となります。
■チケットについてのお問合せ先
カンフェティお問合せフォーム
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■購入・視聴方法
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