8月31日開幕!『サヨナラソングー帰ってきた鶴―』鴻上尚史さんロングインタビュー。「この作品が、誰かの屋上になれたら、と」
2025.8.31

鴻上尚史さんのプロデュースユニット「KOKAMI@network」第21回公演『サヨナラソング ー帰ってきた鶴ー』が上演される。「KOKAMI@network」とは、鴻上さんが、さまざまな人たちと出会い、公演するために作ったユニットで、ふぉ~ゆ~の福田悠太さんが主演を努めた『ウィングレス-翼を持たぬ天使-』(2023年)から2年ぶりの新作となる。
今作、主演を務めるのは舞台『キングダム』(23年)を始め、ドラマ『波うららかに、めおと日和』(25年)と幅広く活躍する、小関裕太さん。さらに脇を固める実力派俳優が集う、本作。届けられるのは、現代と民話の世界との、ひとり、二役で繰り広げられる物語。初日を控え、話を聞いた。
どうか、この作品が
客席という、あなただけの屋上……のような空間に
ひととき、なれたら
ーー新作です!
新作はいつでも書きたいし、書かせてよ! と思っているので、今回、キャストを含めて上演できる準備が整ったということですね。
ーーその準備とは?
まず、主演の小関裕太くんです。いろんな人から薦められて、出てほしいなあ、と思っていたら、今回、機会をいただき、満を持して出演していただきます。臼田あさ美さんは役的にちょっと大人の女性がいいなと思っていたところで、御縁があって出演いただくことになりました。
太田基裕くんは、僕が演出したミュージカル『スクールオブロック』(23年)に出演していて、とても上手い俳優さんで、ストレートプレイでも観たい、と思ってお願いしました。安西慎太郎は『朝日のような夕日をつれて2024』が楽しかったので、もうしばらく一緒に遊ぼうね、と出演してもらいました。
ーー気になるのは物語です。
今回、題材にしたのは民話『鶴女房』です。これは、以前、僕が出演していた、BS朝日の番組『熱中世代 大人のランキング』に作詞家で歌手であり、現在は精神科医・臨床心理学者でもある、きたやまおさむさんをゲストでお招きしたことがキッカケです。
大先輩ですが話がとても盛り上がって、収録中にプロデューサーが入ってきて、普段は一回放送なのに「これは二回にしましょう」と決めてくれたくらい、おもしろかったんです。なかでも僕にとって大きかったのは、残された者について、でした。
ーーどういうことでしょう。
きたやまさんは学生時代に『帰って来たヨッパライ』(1967年)で知られる、伝説のバント『ザ・フォーク・クルセダーズ』に参加して、後に作詞家として『戦争を知らない子供たち』や『あの素晴しい愛をもう一度』といった名曲を生み出した方で。そのバンドを結成したのが、のちに『サディスティック・ミカ・バンド』で一斉を風靡する加藤和彦さんでした。
その加藤さんは後に、62歳で自死されてしまいますが、自分のスタジオで楽器や機材をすべて処分した空間に『ザ・フォーク・クルセダーズ』時代の写真を1枚だけ飾って逝かれたというんです。その話をされたときに、きたやまさんが「去ったものは美しいかもしれない。でも、残されたものの思いはどうなるんだろう……」とおっしゃっていたのが心に強く刻まれていて。実はそのとき、すでに「この思いを、いつか演劇にします」と伝えていました。
ーーそれを実現された!
はい。なので報告もかねて、対談もさせていただきました。それは公演パンフレットに収録されていて、本作の公式サイトでも公開しています。
ずっと考えていたのは、去ってしまった、その先の物語です。もしも、去ったものが戻ってきたらどうなるんだろう、と。この作品のテーマは「いきのびること」であり、昔と現代とで、去ったものと残されたもの、それぞれの思いが交差して進みます。
ーー脚本を拝読しましたが、境界線というか逃げ場の物語でもありました。たとえば、これまでの作品『トランス』では屋上が登場人物たちの息抜きの空間であり、『ピルグリム』では登場人物が「死んじゃだめだ」と繰り返し「したたかに狂ってしまおう」と語ります。
そんなふうに、鴻上さんの作品はは常に、つらかったら逃げていいんだ、生きていこう、と伝えています。
それはあるかもしれません。ずっとこの世界には境界線があり、ここではない何処かがある、と考えていて。それは僕が息苦しいと感じていた子ども時代にも関係するのかもしれませんが、どんな場所にいようとも、必ずどこかに僕が例える「屋上」、あるいは息をつける隙間みたいなものはあるから。それを伝えたいと思ってはいます。
きたやまさんは、それを「楽屋」と例えているんですね。俳優であれば、誰にも気兼ねなく素の自分に戻れる空間という意味で。人には誰しも、そういった場所が必要だという話をしていたんです。なので、これは、そういう物語でもあります。
ーー『鶴女房』の世界では鶴のおつうと人間の与作とその間に生まれた子どもと彼らを取り巻く村人たちが、現代では売れない作家の夫と売れっ子作家の妻とその息子と担当編集者といった関係が描かれます。一人二役ですが、それだけ演者に求めるものが多いのではないでしょうか。
それはそう。だって、うまい俳優がそろっているなら演じがいがある作品にしたいな、と思ってね。配役についても書きながら、この役はこの俳優にえんじてほしい、と考えながら決めました。
ーーそういった演じ分けも楽しみですが、衣裳の早替えが大変そうです。
役への気持ちの切り替えで必要だと思っていますが、一応、脚本を書いているときは、ストップウォッチを手に「1分40秒か……よし! これくらいの時間があれば着替えられるはず!!!」とかブツブツ言いながら書きました。
ーーおもしろいです! それはやはりご自身で演出もされるからこそです。そうやって、世界を立ち上げながら書いていくんですね。
でも、もしかして、スタッフが横にいたら「そんなこと、できません!」叫んでるかもしれないけど(笑)。ただ、まあ、そういった切り替えというか、ひとつの作品で変化することで俳優として得るものがあってほしくて、演劇ならではのおもしろさを発見してほしくて。客席もそういった細やかな演じ分けでの物語を楽しんでもらえたらいいなと思います。
僕が主宰していた劇団『第三舞台』も、舞台上で変身することで輝く俳優と、変身しないことで輝く俳優がいて、それぞれが経験を経て発見し、得意とするフィールドで今も活躍しているからね。そうやって観客に対して、予想を裏切り、期待に応えることやり続けるのが役者だと思うし、そういった経験をするための場を、新たにもうけることも、僕のやりたいことであり、やるべきことだと思っています。
ーー俳優の成長を考えておられる?
育てる、というとおこがましいけど、僕の作品に出演するからにはなにか得てほしい、とはいつも思ってます。ただ、やっぱり、観客に楽しんでほしい、という気持ちがいちばんですよ。舞台上で変化して、裏切る姿を見せることも、いつもの姿を届けることも、観客への贈り物だと思うので。だから、今回は一人二役で、進んでいく、ふたつの物語をどう演じていくのか、その姿ごと、楽しんでもらえたらいいな、と思います。
ーー本作では小学三年生の息子役も出演します。
三田一颯くんと中込佑玖くんのWキャストで、今、10歳と9歳ですが、彼らはすごいですよ。こちらはオーディションで来てくれました。僕が演出したミュージカル「スクールオブロック」で生徒役だった子たちたちが今、中学生くらいだから、さらにその下の世代ですが、注目してください。
小関くんは、稽古場でずっと応援している方が驚くほどすてきな演技を見せてくれているので、楽しみにしていてください。臼田さんは、なんてチャーミングな女性なんだろうと多くの方が感じるでしょう。太田くんは「ストレートプレイの太田くん、すごくいいな、もっと観たいな」ってなるんじゃないかな。慎太郎はね、なんと『朝日のような夕日をつれて2024』東京千穐楽で「7キロ痩せた!」と言ってたけど(笑)、さらに4キロ(!)痩せてシャープになって帰ってきました。今回も鴻上のところでのびのびやってるんだな、って姿を見てください。あとは僕が主宰していた『虚構の劇団』の元劇団員の渡辺芳博と溝畑藍も暴れているので観てやってください。
ーー最後に一言、お願いします。
さっき、楽屋、あるいは屋上という話をしましたが、なんで演劇を観に行くのか? といったら、やっぱり元気になりたいからだと思うんです。もちろん、この地上の人の数だけ、その人なりの元気になる方法がたくさんあると思うんだけど、そのなかで、僕はやっぱり、僕が元気になれるものを作りたい、って思っていて。それが演劇で、僕が観たい物語であり、僕が届けたい世界でもあります。その思いは旗揚げ当時から変わりません。物語のなかで「小説のための人生か?」「人生のための小説か?」が問われますが、そういう意味では、僕にとっては「人生のための演劇」だと思っていて。これまでも、これからも、それを探す旅を続けていくんだと思います。
そんなふうに毎回、届けているわけですが、どうか、この作品が客席という、あなただけの屋上……のような空間に、ひととき、なれたら、とても幸せです。演劇で元気になってもらえたらと願います。
取材・撮影・文/おーちようこ

『サヨナラソング ー帰ってきた鶴ー』
公式サイト https://www.thirdstage.com/knet/sayonarasong/
【作・演出】鴻上尚史
【出演】小関裕太 臼田あさ美
太田基裕 安西慎太郎
三田一颯/中込佑玖(W キャスト)
渡辺芳博 溝畑 藍 掛 裕登 都築亮介
東京公演 紀伊國屋ホール 2025年8月31日(日)~9月21日(日)
大阪公演 サンケイホールブリーゼ 2025年9月27日(土)~9月28日(日)