これは歌舞伎界のフェス!? 神出鬼没の芝居小屋『平成中村座』、九州初上陸!
2000年、東京は浅草・隅田公園内に突如、登場した江戸時代の芝居小屋──その名も『平成中村座』。人々の度肝を抜いた第一回公演以来、さまざまな土地で上演、ニューヨーク公演も実現し、歌舞伎ファンのみならず広く親しまれてきたこの公演が2019年11月、九州に初上陸を果たす。小倉城天守閣再建60周年、博多座20周年特別公演というスペシャルな企画だ。
『平成中村座』は故・唐十郎が手がけた状況劇場の紅テント公演に心動かされた故・十八世中村勘三郎が、「移動式芝居小屋を歌舞伎で」という思いから始まった。以来、“江戸の芝居小屋”にタイムトリップしたような新たなエンターテインメントを掲げ、上演。新参者にはハードルが高いという「歌舞伎」への固定観念を軽やかに覆す。そんな勘三郎の遺志を受け継ぐのが、NHK大河ドラマ『いだてん』の金栗四三(かなくり・しそう)役で知られる長男の六代目中村勘九郎、その実弟の二代目中村七之助のふたり。
この6月26日、「平成中村座小倉城公演」製作発表が改築したばかりの東京會舘にて行われ、勘九郎と七之助に加え相良直文常勤相談役(主催・博多座)、荻孝浩取締役(主催・テレビ西日本)、安孫子正代表取締役副社長(製作・松竹)が出席した記者会見の模様と、本サイトから投げかけた質問への答えを織り交ぜ、『平成中村座』について紹介したい。
撮影・取材/黒沢りにあ・おーちようこ(The・CO−EN)
固く握手する兄弟だが、記者からの質問に勘九郎が思わず吹き出す(?)一幕も。
役者と観客が一体となって、一公演限り、一度しか味わえないドラマが生まれる──そんな喜びを、芝居を観る醍醐味の一つに挙げる観劇ファンも少なくないだろう。『平成中村座』にももちろん、その面白さがある……勘九郎、七之助の二人は語る。
勘九郎:『平成中村座』は父(十八世勘三郎)が残してくれた大きな宝物のひとつ。江戸時代の芝居小屋のような、皆がぎゅうぎゅうになって、役者の息吹、そして観客と一体になれる小屋をやりたいという父の思いからできた小屋なんです。だから令和になっても名前はそのままです。
七之助:役者にとっても、お客様にとっても、お芝居が何倍も楽しく観られるような小屋。お客様との距離が近いですから、相乗効果がとても生まれやすい空間です。
なんと客席の熱気が凄まじく、劇場の火災報知器が鳴ってしまったり、観客との距離が近いため演じている途中ふいに着物のたもとが重たく感じた勘九郎が何事かと覗いたら、観客から缶ビールが仕込まれていたのが発覚!? といった、過去の型破りなエピソードも飛び出した。
伝統芸能の間口は、実はとても広い
近年、漫画を原作とし注目を浴びた『スーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」』をはじめ、ニコニコ超会議で日本の伝統芸能“歌舞伎”の新しい試み「超歌舞伎」として披露された中村獅童とバーチャルシンガー初音ミクとの共演など、その裾野を広げてきた歌舞伎。だからこそ、今回、『平成中村座』が気になる、という初心者に向け、楽しみ方を伺った。
勘九郎:平成中村座は『スーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」』や「超歌舞伎」とは趣が異なりますが、歌舞伎の魅力がいっぱい詰まっています。昔の言葉だからわからない、と食わず嫌いになるかもしれませんが、意外と伝わったりするものなんです。特に今回の演目は、日常の会話のように台詞を聞いて、楽しんでもらえると思います。
七之助:わからない言葉ってついシャットアウトしてしまいがちですが、昔、父が演じている時に、自分にはわからない言葉をしゃべっていたけれどすごく格好いいと思ったんです。だから、わからずに見ていても何かがハマる、気になる、というところを感じていただけたら。
今回上演される演目は『神霊矢口渡』、『お祭り』、『封印切』(いずれも昼の部)、通し狂言『小笠原騒動』(夜の部)。中でも『神霊矢口渡』は、人形浄瑠璃で上演されたのちに歌舞伎となり、十八世紀末に江戸桐座で上演された江戸の義太夫狂言の名作だが、その登場人物たちの姿は、現代を生きる我々にも身近に感じられる。
勘九郎:七之助が演じる娘・お舟の、いかれちゃってる感じ。あの異常なまでの愛は、ストーカーという言葉が現在あるように、今も通じるものだと思います。頓兵衛も、どこか一部が欠けていて人間として成立していない、そんな主人公です。こんな男には普通、惚れないのに、なぜか魅力がある。そんな、ぶっ飛んだ人物が出てくるのが面白いところです。また、七之助が言っていたように「今、なにを言ってるのか」とかわかっていただかずとも、ああ、きれいだな、とか、哀しんでいるんだな、という空気を堪能してもらえたら。
演目の『お祭り』も、実は酔っ払って喧嘩して引っ込むというだけのお話です(笑)。そこに何か教えがある、というわけではありません。他の演目も娯楽に突っ走ってる作品ばかりです。歌舞伎って役者を役の名前ではなく屋号で呼ぶということにもあらわれるように、作品自体を観にくるというより、役者を観にくる、というのが大きいと思います。なので、僕をNHK大河ドラマ『いだてん』の金栗さん役で初めて知ってくださった方もおられると思いますが、特に夜の部は大悪人と小悪党のお話で金栗要素ゼロ(笑)ですので、びっくりされないよう、可愛さも入れていきたいです。
七之助:今回、ゲストに中村獅童さんが出演してくださいますが、2001年11月『平成中村座』の試演会で『義経千本桜』をやったときに『四ノ切』の忠信が獅童さんで、兄が『吉野山』の忠信で、僕は義経を通しでやらせていただきました。そのときのカーテンコールで思わず泣いた覚えがあるんです。その三人が今回、この初九州で、お役をやらせていただくことになったんだな……と、改めて感慨深いです。
作り手たちの創意工夫で演出の幅は無限大!
現代では劇場の客席は椅子席がほとんどだが、江戸時代の芝居小屋では半畳という小さな座布団を敷いて座るのが普通だったという。靴を脱ぎ、座布団に座って観るという『平成中村座』のスタイルは、そんな江戸の芝居見物の気分を盛り上げる。加えて浅草の仮設小屋から始まっただけに歌舞伎座ならでは派手な仕掛けとはまた一味ちがった、知恵の技であっ!と言わせる怒涛の演出も見もの。
2012年の四月大歌舞伎、第一部の「双面水照月(ふたおもてみずにてるつき)」での立廻りでは、劇場の位置を考慮し、舞台の奥が開いたとたん東京スカイツリーが劇場奥にどっかりと現れたり、第二部の『小笠原騒動』では回転する水車と本水がざぶざぶと使われる、といった演出で観るものの度肝を抜いた。
勘九郎:中村座の大道具さんたちは、スペシャリストたちが集まっているんです。だから、どんなものでもできます、と言ってくださるんです。なので甘えてしまって、今回、大詰めでは毎日舞台の奥をばーん、と開けようと思っていますが、演目の『小笠原騒動』が小倉藩で起こったお家騒動を題材にしているとあって、実際に舞台の奥に小倉城が後ろに見える……という演出を目指しています。ご当地でそんな機会はなかなかないので、今からわくわくしています。
実は以前、大阪の公演では、劇場に入らなくても裏から舞台奥が抜けて覗ける、っていうのが噂になっちゃって、ものすごい人が集まっちゃった(笑)。でも、それも楽しみのひとつです。
勘九郎から二十軒長屋にラーメン屋のリクエスト!?
会場の外までがエンターテインメント空間となるのもまた『平成中村座公演』の魅力。芝居小屋と併設される、職人たちの店が並ぶ“五軒長屋”がパワーアップ! 今回の小倉城公演には土産物屋をはじめ、なんと20店舗にもよる、文字通りの“二十軒長屋”が登場するという。公演チケットがなくても入ることができ、楽しみ方が無限大になる試みだ。
勘九郎:飲食系のお店も入る予定です。芝居を観たりご飯を食べたりお土産を買ったりして、生活と一体になる感じがすてきでしょ。なので、今回、「ラーメン屋を必ず入れて!」とお願いしています(笑)。NHK大河ドラマ『いだてん』の九州ロケでは身体を絞るために全然、食べることができなかったから、もちろん食べに行くつもりです。
七之助:九州初上陸ということで、待っていてくださった方も多いんです。なんで、博多じゃないんだ、という声も聞こえていますが(笑)、ぜひ、小倉まで足をお運びください。空気だけでも楽しみに、ふらっと小屋にも来ていただけたら。服装や作法があるんじゃないかとか迷ってしまう方も、気楽に楽しんでいただけます。
勘九郎:今回は初九州ですが、いつか東京より北の土地にも『平成中村座』を持っていきたい。
七之助:まだまだ、歌舞伎を観たことがない、という方々もおられると思います。
勘九郎:そういった方々にも先々、観ていただくために『平成中村座』、何卒、よろしくお願いいたします。
さながら“フェス”の様相を見せる新時代の歌舞伎が生み出すド派手なエンターテインメント空間。どうやら小倉でにぎやかなお祭り騒ぎがあるらしい、そんなことを聞きつけて気軽な気持ちで足を踏み入れたら、これまで経験したことのない感動が待っているはずだ。
小倉城天守閣再建60周年「平成中村座小倉城公演」
2019年11月1日(金)~26日(火)
福岡県小倉城勝山公園特設劇場
昼の部
一、「神霊矢口渡」
娘お舟:中村七之助
渡し守頓兵衛:坂東彌十郎
二、「お祭り」
鳶頭:中村勘九郎
三、「恋飛脚大和往来封印切」
亀屋忠兵衛:中村獅童
傾城梅川:中村七之助
丹波屋八右衛門:中村勘九郎
夜の部
通し狂言「小笠原騒動」
作:勝諺蔵
脚色:大西利夫
補綴・演出:奈河彰輔
岡田良介 / 犬神兵部:中村勘九郎
お大の方 / 良介女房おかの:中村七之助
奴菊平 / 小笠原隼人:中村獅童