あまりにも愚直、かつ真っ直ぐに役と向き合うーーそれしかできないから。『熱海殺人事件』木村伝兵衛に挑み続ける荒井敦史ロングインタビュー。

2020年に『熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング』から、21年『新・熱海殺人事件』『ラスト・レジェンド』、23年の『バトルロイヤル50’s』、24年の『Standard』、そして今年26年『ラストメッセージ』で6度目の木村伝兵衛に挑む、荒井敦史さん。
しかし、この道のりは平坦ではなかった。コロナ禍の中止やWキャストの降板といった思いも寄らない事態を乗り越え、辿りついた本作。
しかし「まだまだです」と真摯に語る、今の思いを聞いた。

険しい道かもしれませんが
それしか知らないし、できないから 

 

ーー『熱海殺人事件』との出会いは? 

荒井:10年以上前のことです。僕、ずっと志願していたんです。2013年2月の『熱海殺人事件』40years’ NEW’で馬場徹さんの木村伝兵衛を観て、わけもわからずとてつもない衝撃を受けたのが最初です。
その前にも、馬場さんとは共演していて、2013年4月に明治座で上演された早乙女太一さん主演の『神州天馬侠』でプロデューサーの岡村俊一さんとお会いする機会があって、それ以来、ずーーーっと「熱海に出たい、木村伝兵衛を演りたい」と言い続けていていたんです。で、実は出演の機会もあったんですが、なかなかタイミングが合わなくて、ずっと悔しかったんです。 

ーー悔しい、と言葉にできることが清々しいです。 

荒井:やっとです。本当にやっと、最近になって、そういう感情も認めて、強がらずに出せるようになりました。 

ーーその味方良介さんが木村伝兵衛役の、2017年の『熱海殺人事件 NEW GENERATION』で一度だけゲスト出演を……?

荒井:あれは、出たと言うより、舞台に引きずりだされたんですよ! 客席で観劇していたら、名指しで舞台にさらわれて(?)袖に行ったら衣裳が用意されていきなり着せられ、そのまま日替わりゲストとして出させられて、なにがなにやらで……。
その後、中屋敷法仁さんが企画した『戯曲探訪 つかこうへいを読む 2019春』で『熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング』を朗読する機会があって。20年に『熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング』でようやく木村伝兵衛として紀伊國屋ホールに立つことができました。それから、21年で紀伊國屋ホール改装前公演のラスト・レジェンド、初めて中江功さんに演出していただいた新・熱海殺人事件、23年のバトルロイヤル、24年のStandardと五回、木村伝兵衛を演らせていただきました。でも、結局、まだまだわかっていないな、と実感しています。だから、これまでの俳優によって作り上げられてきた木村伝兵衛を越えよう、とかではなくて、全部やろう、と決めました。 

ーーどういうことでしょう? 

荒井僕が観て、得たものを全部やってみようと。さらに昔はこうだった、ああだった、と言われていることも僕なりに受け止めて、それらも全部、さらってみようと決めました。
これは僕の解釈ですが、実は木村伝兵衛は何もしないほうが良いんです。周りが動き回る真ん中にいて、じっと何もぜず、ここぞ! というときにだけ動く。そうするとものすごく印象に残るし、効果的で狂気も見せられる。

ーー確かに。

荒井僕は全部、説明したい。反応したいし、やりたいんです。見え方として、そのほうが、言い方は悪いんですが損をしてしまうかもしれない。それでも、やってみるしかないんですよね。だって、どうやっても先達のオリジナルには追いつけないから、これまでの伝兵衛がやってきたことを教科書をなぞるように全部やってみることで、解像度があがるような気がしていて。
そもそも『熱海殺人事件』が作られた当時は、台本ではなく、口答でセリフを伝える「口立て」だったわけで。僕らはそれを台本の形でしか知らなくて、声や音じゃなくて文字で読むしかないんですよね。その時点で、原点というかオリジナルには叶わないわけで。だからこそ、何度でも繰り返しやってみることを続けたいんです。

ーーとてつもなく愚直で、真っ向勝負です。

荒井:それしかできないから。たぶんすごく遠回りをしているんだろうな、と自分でも思うんですが、どうしても選ぶときに険しそうな方に惹かれてしまうんです。壁が在る方が燃えるというか、やらない人生よりやってみる人生が良いなと思っていて。
そもそもが、今の時代、同じ役を演り続けることが言葉を選ぶけど、ちょっとダサいみたいな空気を感じていて。伝兵衛も「また演るの?」って言われることがあるんだけど、胸を張って、演る、と言いたい。
ただ、これは『熱海殺人事件』という作品の、木村伝兵衛という役に関して、であって、他の作品や異なる役ではもちろん、また異なるアプローチを考えると思うんですが、この役はこれしかできないんです。

いつか、あの憧れの
『広島に原爆を落とす日』を演りたい 

 

ーー中学3年生でジュノンボーイオーディションからデビュー、俳優集団D-BOYSの弟分であるD2に所属します。

荒井:ある時テレビを観ていて、こんな世界があるんだ、行ってみたいな、と言ったら、親がジュノンボーイに応募して、賞をいただいてこの世界に入りました。だからこの世界しか知らないんです。
ただ、僕はみんなのようにキラキラした仕事をあまりしていなくて(笑)。今でも覚えていますが、二十歳のときに大地真央さん主演で、G2さん演出の明治座『コンダーさんの恋〜鹿鳴館騒動記〜』の稽古場で、「歩く姿がちがう」とか言われて、負けん気が強かったから「歩く姿、ってなんだよ!」とか思いながら、周りが重鎮だらけだったのなか「自分はどこがちがうんだろう?」とあがいてました。みんなが華やかなイベントをやっているときに、下北沢のザ・スズナリや京都太秦で怒られていたり、指導いただいたりして。きつかったけど、そうやって機会を与えてくれて、手間をかけて育ててくれた方々のお陰で今の自分があると思うので、続けることが恩返しだなと思っているんです。

ーー30歳を機に、所属事務所を離れました。

荒井:それもひとつの選択でした。実は20歳を超えたときと30歳手前で一度、辞めようと思ったことはありました。それは別に挫折とかではなくて、年相応に人生の転機を考える時期だったという感じですが、そういうタイミングに出会いに恵まれることもあって。いろいろなことを考えた結果、退社を決めました。
それまでずっと、大事にしてもらって、場所を作ってもらって、なにかあれば準備してもらって、贅沢な考えではありますが、僕の人生はこのままずっと外のことを知らないまま続くのかな、と思ったときに、一度くらいは自力で挑戦してみようと思って、フリーになってから2年経ちました。

ーー環境は変わりましたか?

荒井:環境というより、僕の心境が変わりました。いい意味でも悪い意味でも適当、というか、適して当たるというか。『熱海殺人事件』的に言うと、自分の人生に一歩、踏み込んだというか、あるいは一歩、踏み出したというか。
事務所にいたから守られていたこと、出たからこそわかったこととか、もちろん変わったこともあるし、変わらないこともあるし、外に出たからこそ視界が開けて可視化されたこともあって、今、そういったことを吸収して、価値観や判断力を養っているところです。

ーー2017年、武田鉄矢さん演じる五代目水戸光圀の『水戸黄門』では作品史上初というオーディションで、お馴染み助さん格さんの、格さんこと渥美格之進役を射止め、昨年末にも特番が放送されました。

荒井:ありがたいことに、今年で十年目になりますが続けさせていただいています。この作品が縁で時代劇のドラマや舞台に呼んでいただくことも増えました。そういう意味でもひとつの役を続けることは自分にとってはとても大切なことなんです。

ーー古典の名作にも挑まれています。2024年にはCCCreation Presents 無題シリーズvol.1 リーディング劇『女中たち』Jean GENETに出演されました。出演は篠井英介さん、福士誠治さん、大沢健さん、松田洋治さん、臼田あさ美さん、円井わんさん、山田真歩さん、荒井敦史さん、谷山知宏さんといった構成的なキャスト陣のなか、篠井さん、福士さんとの三人芝居でした。

荒井:ものすごく難しかったです……! 公演場所も能楽堂という特殊な空間で、篠井さんをはじめとする名優の方々に挟まれて、和装でものすごく長いセリフがあって……と。僕、篠井さんに「荒井くんは長セリフが始まるって、わかるよ」って言っていただいて。うわー、もう、全然、足りない。俺はまだまだだ……って思いながら稽古してました。

ーー異質な空間に、長身の和装で朗々とセリフを紡ぐ、という、ものすごい空間でしたが、それがまた味わい深く。

荒井:フリーになってからもいろいろな経験をさせていただいています。『熱海殺人事件』をキッカケに今回も演出を手がけてくださる中江功さんと出会って、『教場』シリーズに呼んでいただけて。そういった出会いや機会を大切に、険しいながらも自分の道を歩んでいきます。なにより、僕、中屋敷さんの戯曲探訪から木村伝兵衛を追いかける旅が始まっているので、文字通り、このまま探して訪ねていきます。

ーーすてきなオチをありがとうございます。最後に初日に向けての意気込みをお願いします。

荒井:改めて振り返ると、僕ほど毎公演ごとに、共演の三人が変わる木村伝兵衛はいないんじゃないか、と思っていて。それだけに毎回、新鮮な気持ちで挑ませていただいています。だから、なんか、僕が支える側、みたいなことも言っていただくですが、そんなことはまったく無くて。毎回、めっちゃ稽古したいし、皆さんのキャリアや経験、年齢といったことも関係なく、学ぶところは学びたいし、教えてほしいと思うことはたくさんあります。
みんな、セリフを入れてくるのが早くて、もう通し稽古に入っているんですが、自分のなかで時折、抜けるセリフがあって。それはまだ解釈ができていないから、言葉が出ないんだろうな、と思っています。これから初日までに三週間切ったくらいですが、自分のなかで木村伝兵衛を探していこうと思います。

ーーもうひとつ。中江さんが荒井さんの「木村伝兵衛」最長記録まで付き合いたい、いつか、同じく、つかこうへい作品の『飛龍伝』も荒井さんとやりたい、と先日のインタビューでも語っておられました。

荒井:すごくありがたいです。中江さんは、現在、残されているテキストベースの『熱海殺人事件』を理解して届けようとしてくださっていて、観劇する方々のためだけでなく、僕らがより深く理解できるよう、ひとつひとつ紐解いて進めてくれるので、一緒に演れることに感謝しています。
もちろん『飛龍伝』への挑戦はしたくて、そういった将来の話をしていただけることはうれしいことです。2013年、俳優座での『広島に原爆を落とす日』、馬場徹さんのディープ山崎があまりにも衝撃的で、いつか、この役が演れるくらいの存在になりたい、と思っています。でも、まずは、今年の木村伝兵衛に全力で向き合いますので、観に来ていただけたらと願います

2026年1月末稽古場にて収録 撮影・取材/おーちようこ

荒井敦 あらい・あつし

公式X @atsushi_arai_ https://x.com/atsushi_arai_
公式HP https://www.atsushiarai.com/ 

つかこうへい十七回忌特別公演
『熱海殺人事件』ラストメッセージ

公式サイト http://rup.co.jp/stage/atami_2026.html

著: | カテゴリー:レポ&インタビュー

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