「魅せたい。」ただ、それだけ。生後六ヶ月で初舞台、見海堂劇団、27歳の若き総座長・見海堂真之介の世界に酔え

唯一無二の世界観で観客を魅了する──見海堂劇団、27歳の若き総座長・見海堂真之介が語る「今」。

協力/篠原演劇企画 撮影/見野歩 取材・文/おーちようこ

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 開場前。お客さまへの口上が放送される……かと思うと、一転して、流暢な英語でのアナウンスが場内に流れる。海外のお客さまを意識してだろうか。

 やがて暗転から舞台に光が刺す──真ん中に佇む、後ろ姿が美しい。曲にあわせ、ゆうるく振り返り微笑む。わずかに動かす指先に感情が灯る。艶やかに舞うのは見海堂劇団の総座長・見海堂真之介。代表「見海堂駿」が創立、長年率いた「見海堂駿&座笑泰夢」の息子として劇団を継ぎ、2011年の正月、16歳で座長を任され、翌年の18歳の誕生日に総座長へ。劇団名も「見海堂劇団」と改め、歩みだした劇団だ。

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 独特の空気をまとい、妖艶に笑う姿に魅せられる。奇抜なデザインの帯や凝った造形の着物はすべて自身のアイディアだ。演出も手掛ける、この日野芝居はオリジナル狂言『丹下左膳〜妙刀濡れ燕』。隻眼隻手の剣客、主人公・丹下左膳を演じる。

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 シリアスなお話でありながら、ところどころ役者同士の軽妙なアドリブに客席からは笑いが起こる。勧善懲悪、任侠もの、時代劇といった馴染み深いお芝居は大衆演劇ならではだが、同じ題材でも劇団によってさまざまな形で届けられるのも、楽しみのひとつ。だからこそ、昼夜と一日劇場にいても楽しめる。
 
 実際に片目を閉じたメイクに片手を抑えたまま、自在に苛烈に動きまわる──運命の皮肉さに翻弄され、本来なら自身の手にあるはずの「妙刀濡れ燕」を手にした瞬間、にやり、と笑う、その瞬間、まるで水を得た魚のように、すらりと刀を抜き斬りかかる。

 物語の最後を彩る背景幕も自身のアイディアで生まれた空間だ。秘めた事実を記した手紙をモチーフにした黒い巻物に金の流し文字が踊る。そこには自身が創り上げた独創的な世界があった。

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終演後、お話を伺った。丹下左膳の衣裳のまま、凛とした正座でときに笑顔、ときに真摯に、とつとつとつむぐ言葉に込められたのは「続ける」という決意。

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学校に行っても、誰とも話があわなくて
今もこれからも、この世界しか知りません


──自己紹介をお願いします。

 見海堂劇団、総座長の見海堂真之介です。先生の代から続く劇団で、僕が18歳のときに総座長となって9年目。来年が十周年になります。で、今日までが誕生日公演でした。
 先生(父)も母も大衆演劇の役者なので生後6ヶ月でスポットライトを浴びていたそうです。だから物心ついたときには役者として演じることが当たり前でした。ずっと大人のなかにいて、学校に行っても誰とも話があわなくて。だから他の世界に行こうとも思わなかったし、今もこれからも「この世界」しか知りません。教科書よりも台詞を先に覚えていたし、楽しかったから迷ったりはないです。
 
──18歳で総座長とは、なかなかに責任が重いです。

 もともと座長を任されたのが16歳の正月からで、その年の6月に17歳になり、翌年の18歳の誕生日で総座長になりましたが……本当はなりたくなかったんです。大変なのは、見ていてわかっていたし、ただ単に上に立てばいいというものでもないし、と思っていたんですが、やっぱり親の気持ちを思うと……継ぐことを決めました。
 
──本日、舞台を拝見しましたが、開始前に口上とともに英語の挨拶があり、楽曲も演歌から歌謡曲、まさかの洋楽と幅広く。そういったご自身の「色」みたいなものはいつから?

 時間はかかりましたが、自分で見つけていきました。いろんな人の真似もしたし……でも、結局、その人がやるからこそ良いわけで、ただ真似をしても仕方ないと思って。じゃあ、自分ならどうしてやろうとか、どれが自分にあっているのかとか、そういうことを考えていきました。

──照明の数も多く、華やかな演出がされています。

 これは全部、構成していて劇場に入るごとに毎回、イチからやってます。

──それはどこで学ぶのでしょうか?

 一回、全部覚えようと決めて。照明さんに来てもらって教わりました。劇場によって舞台の広さもちがうので、毎回、ちがうんです。今は浅草木馬館にあわせてますが、これで劇団が持ってるなかでは1/3くらいを使ってます。ただ芝居によっては増やしたり、吊ったり、ときには客席にも置いちゃったりと変えていきます。大きな劇場だと全部使うこともあります。
 明かりもですが、背景幕やそのときどきの演出に関することは全部、自分たちでやります。それが当たり前だし自分たちでできるからこそ、テレビで気になった演出があったりすると「ちょっとやってみようかな」と試しちゃいます。だからやることがいっぱいで、24時間じゃ足りません(笑)。でも、それでもやりたいことは増えていくばかりです。
 
──普段から脳みそだけでなく全身、フル稼働です!

 そうですね。脚本書いて、構成して、演出して、出演して……それだけでなく次のことを考え続けなくてはならないですし。ただ、常に納得はいってなくて反省ばっかりです。1年に……1〜2回ですかねえ。「よっしゃー!」という気持ちになれるのは。
 舞台上にいてもライトの位置や色、ちょっとのズレも目に入るし、でも細かいことにばかり気を取られていると自分の演技がおろそかになって全体が見えなくなるし。ただ、やりすぎるとダメになります。調子がいいときは外でちょっと曲を聞いても「このフレーズ良いな。あの衣裳にあわせたいな」とか思いつくし、いいなと思ったらどんどんやる。だからハマるときはガチッとくる……けど、いっぱいいっぱいになったときはすっぱり諦めて、なにもしません!(笑)

──オンとオフがはっきりしています。

 ダメになったらダメになったで、なに演ってもダメで空回りしちゃうんだ……と、座長になって3〜4年経って、ようやく気付きました。それまでは周りが見えていなくて「やりたい」という気持ちだけが先走っていて。「あれ、全然、できてねえなあ」と自覚するまでには時間がかかってしまいましたね。

──徐々にご自身らしさを見つけていったように感じます。今日の『丹下左膳 ~妖刀濡れ燕~』では細やかな表情の変化に目を奪われました。

 隅々まで見ていていただけるよう、こだわっています。『丹下左膳』はオリジナル演目なので上演するたびに変わっていっています。たとえば今日の衣裳の髑髏も役と同じ片目がないとか、細かいところまで気持ちを込めています。
 演出するときは毎回、ざっとした流れに自分なりに加えていて。最初から、片目、片手がない状態で登場するのはいやだったから、まず斬られる前の姿で登場するとか。今日は昼と夜に演ったのでちょっとずつ変えていて。それは、通して観ているお客さまのために飽きさせないようにと心がけました。

──ラストが一本松や地蔵のある峠といった背景幕ではなく、物語の展開に関わる巻物をモチーフとした空間が登場し、驚きました。

 あの黒地に書かれた金の流し字には俺の名前も入ってるんです。ちょっとおしゃれで、わかるかわからない……くらいな感じで。オリジナルの狂言だったからやりたいことは全部やっちゃえ! 頭の中を形にしてみるぞ、と思って。ラストの垂れ幕も写真を撮ってそこから起こして……と工夫して。いろいろとできることがおもしろいですね。
 今回、久々に演りましたが、誕生日公演の最中だったから本当に慌ただしくて。毎日のことですが公演が終わった後から、翌日の稽古を始めて夜中3時くらいに落ち着いて。でも翌日、昼には幕が開く生活です。ただ、今日は昼夜、片目をつぶしているので、今はこっちだけ寝てます(笑)。

──いや、むしろ動きが制限され大変かと! ちなみにオリジナルを含めて、お芝居の脚本はどのくらいあるのでしょうか?

 昔のものもあわせて百本とか、ですね。場所によっては、昼夜、一ヶ月公演で、60本は必要ですから。それ全部、頭の中です。だから、たまに「どうだったっけ?」ってなります(笑)。

──そんななか、座長として座員を叱ることもあるかと思いますが……。

 叱りますよ。すごい叱ります。舞台上で音がずれたら、目ン玉だけ動かして「誰だ?」って見て、終わったときに叱る。ただ、俺は舞台のことだけしか叱りません。

──座長としてすべてを引き受けていて……改めて考えると、途方もないです。

 でも辞めたいと思ったことはないですね。休みたい、と思うことはありますが。

──どこかの瞬間で「続ける」と覚悟を決めたのでしょうか。

 ずっとですね……ずっと思ってます。だって辞めたら、その瞬間で全部、終わりですから。劇団もなくなるし、これまでそろえてきた着物やかつら、道具、全部、無駄になるし、なにより、こうして続けてきた時間、劇団メンバー、応援してくれる人たち、全部がなくなっちゃいますから。
 まあ、劇団メンバーが俺に愛想尽かしてもうやっていけない、ってなったら別ですが、一生懸命やってくれてる限りは守らなければなあ、と思いますし、今、それが俺の背中を押してくれているんです。

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観客を魅せたい
あの人を観たい、と思わせたい

 

──パフォーマンスユニット『TOKYO流星群』の安里勇哉さんがゲスト出演されたとのことです。

 勇哉はデビュー当時、うちで修行していたんです。8年くらい前かな……事務所の方から「新しいユニットが誕生するから、礼儀作法や着付けや所作を教えてやってほしい」ということで。だから最初は子分の役で脇で斬られたりしてました。20日間くらいでしたが楽屋が一緒で、風呂も一緒に行っていろんな話をしました。
 なので、去年発売した『安里勇哉 10thメモリアルフォトブック LOCUS ‐軌跡‐』のときには恩人のひとりとして、この浅草木馬館での対談が収録されています。今月、その縁でゲスト出演してくれて俺の誕生日公演も客席で観ていて、飛び入り出演してくれました。

──どんな話をされるのでしょうか。

 役者としての在り方、みたいな話です。たとえば勇哉が出ている「2.5次元舞台」は演目や演じるキャラクターの人気で観に来てくれるお客さまはいるかもしれない。でも、そこで勇哉自身が光って観客を魅せないと別の作品では観てもらえないと思っていて。
 だから「あの人を観たい」となってもらうべきで、逆にそこを適当に演ると、作品やキャラクターを好きな人からしたら「なんで、あの人が演じてるの?」ってなっちゃうぞ、ということを言ったことがあります。

──とても本質を突いています。

 そこが「2.5次元舞台」と「大衆演劇」の異なるところで。でも「魅せる」という意味で根本は一緒だと思うんです。
 俺がこの舞台で魅せて公演が成功したら、また関東公演も打たせてもらえるわけで。だから、せっかく目に止まって役をもらえたなら、そこで結果を出すことが次につながり、ゆくゆくは仕事が増えていくんじゃないか? という話とかは今もします。もちろん人によってあう、あわないがあるかもしれないけど、それすら超えて、観る人を惹きつけたい。

──そのために自身が心がけておられることはありますか?

 自分がいいと思ったことに対して、とことんこだわることですね。俺はどうも人に合わせられないことが多くて、イヤな思いをさせてしまうこともあるけれど……変えられない。だから貫くしかない。
 今までずっとこれでやってきたし、こだわりがなくなっちゃったらお終いだから。あれしよう、これしたい、というのが無くなったら、俺、終わっちゃうと思うから。
 
──常にアウトプットを続けるなかで、インプットはどうされているのでしょう。

 普段、目に入ったり、聴いたりすることからも得ることはありますが、ぱっ、と思い立って芝居を観に行ったりもします。名古屋の御園座で里見浩太朗さん主演の『御園座三月特別公演』で『水戸黄門〜春に咲く花』を観て。ただ、里見さんを目的に観ていても、気になる人がいたら後で調べたりします。あとはミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』という舞台があって。出演者も知らないし話も知らなかったけど「あ、観よう」と思って当日券で観たんです。
 平日の昼だったけど席が後ろで、それがもう気になっちゃった。「なぜ、この舞台は人気なんだろう」「どんな魅力があるんだろう」って。演出はもちろん、二部構成だったから、一部をどう終わるのか? とか思いながら見ちゃう。
 
──常にクリエイター目線です。

 以前は「これやって、ウケないとヤだな」とか思って、やるのをやめちゃったりしたんです。でも、結局、やらないとわからないんですよ。だから客席を3列くらい外して池を作っちゃったりして。九州のある劇場では舞台の後ろが窓ガラスで、その奥が外だったんですよ、だからガラス窓全部、取っちゃえ、ってなって、舞台の外にまで飛び出て舞台をやりました。

──発想がすてきです。

 お客さまには楽しんでほしいという気持ちが大きいんです。もちろん、場所によってできること、できないことがあるし、自信満々でやるとだいたいウケるんです。ちょっと自信がないなあ……と思ってやると、それが出ちゃって、うまくいかない。だから「絶対にウケる、おもしろい!」と思ってやることが大切です。まあ、それでも10回に1回くらいは外しちゃうけど(笑)。

──舞踊ショーの衣裳もオリジナリティあふれ、独特です。ことに花魁姿が圧巻でした……!

 スカイツリーの柄ですね。あれは、15か16歳のときに作った衣裳で、今、花魁は5〜6着ありますが、初めて作ったものなんです。ちょうど東京にスカイツリーができるときで、着物屋さんと話していたら息子さんが社会科見学で、スカイツリーの建築現場に行ったとかで資料を見せてもらったんです。
 それで「東京にこれが建つなら、一足先に俺の打ち掛けの背中に建たせちゃおう! 決めた!」って。

──だから発想がすごい!!! 暗転からの登場で明かりのなか、スワロスキーのスカイツリーが、どかーん、と!

 光ってましたか?(笑) あれ重いんです。でも使いたくて。こんなの誰も作ってないだろうと思って、さらに「東京を全部、入れてやれ!」と思って、見えにくいけど実は都庁も雷門もレインボーブリッジも入っているんです。

──発想が面白すぎます! さらに舞踊ショーでの黒の幅広の帯や肩の飾りといった衣裳も独特で、ぜひ衣装展をしてほしいです。

 よく言われます(笑)。あと、デザインしてくれとも言われますね。

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──発想の豊かさやサービス精神の根底にはなにがあるのでしょう。

 究極の負けず嫌いだからです。新しいものが好きで、最初は真似されるくらいになれ、と思っていたんですが、だんだんそんなことはどうでもよくなって、自分のやりたいことをやってますね。
 ただ、この先、どうなるかわかんないです。でも俺は続けていって、結婚して子どもできて、と劇団を守りたい……今の俺らの世代の役者はコロナ禍もあって、すごくキツい思いをしていると思うんです。公演場所がなくてできないではなく、公演場所があるのにできない……これはつらいです。
 
──そんな自身のやりがいは?

 拍手をもらえたとき。客席から歓声があがったとき。……でも、今、みんな、マスクしてるからね。一生懸命、拍手してくれているのはわかるし、歓声、もれてるときもあるけどね(笑)。
 あとは送り出しがないので、感想を直接聞く機会がないのは寂しいな、と思ってます。

──最後にお客さまに向けて、一言、お願いします。

 すぐに落ち着くと思ったこの状況がとても長くなっています。でも、俺らもくじけず、負けずにやっていきます。観に来たくても来れない状況の方もたくさんおられると思いますが俺らはここで新たなことに挑戦して、突っ走ってがんばってるので、落ち着いたらぜひ、劇場に来て笑顔を見せてください。その笑顔がないと俺らもがんばれませんから、お会いしましょう。
 この記事で大衆演劇に興味を持ってくださった方は、ぜひ一度、公演先に足を運んでみてください。何度か運んでいただけたら、気になる舞踊ショー、芝居に出会えると思います……いや、出会ってほしいです。

──本日、インタビューを受けた感想をお願いします。

 今までにないような取材で、いろいろと答えたんですが、何を答えたか覚えてません(笑)。そろそろ正座がキツイです! でも、いろいろと聞いてもらったことで、ああ、今、自分がこう思ってるんだという発見もあったので、また頑張ろうと思いました。

2021年6月 浅草・木馬館にて収録

本インタビュー動画も配信中
演劇企画channel特別インタビュー
https://youtu.be/00IpY4pBYVQ

7月 篠原演芸場にて上演中!
日替わりスケジュールはこちらから

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