見たことのない姿をさらす彼ら、がそこに在る。| 熱海殺人事件 NEW GENERATIONゲネプロレビュー
2017.2.18
びっくりした………カッコイイとか、キラキラとか、そんなんじゃなかった。いや、そんなんだけど。「今」だからこそ、「今」しか観ることができない、なりふり構わぬ彼らの姿が、そこにあった。
紀伊国屋ホールで「熱海殺人事件」。
この劇場での、この演目に心躍らぬ者がいるだろうか?
と、ここで少し説明を。
つかこうへいの代表作にして、最年少で岸田戯曲賞を受賞した「熱海殺人事件」は今から44年前、1973年に書き下ろされ1978年に紀伊国屋ホールで上演された演目だ。
以来、この老舗劇場を拠点に、三浦洋一、風間杜夫に続き、阿部寛、池田成志、山崎銀之丞、そして、当時最年少で挑んだ馬場徹といった、さまざまな役者がこの作品に挑み、再演が繰り返され、広く知られることとなる。
それだけに、熱海殺人事件で紀伊国屋ホールに立つ、ということは舞台に生きる者にとって憧れだろう。
登場するのは4人の役者。
木村伝兵衛部長刑事、その部下で婦人警官の水野朋子、新任刑事の熊田留吉、そして熱海で女を殺した容疑者の大山金太郎。
なぜ、熱海ではならなかったのか? その関係は?
そこには切なくも美しい、秘められた思いがあった──人が人を殺すには理由がなければならない。それも、13階段を登るにふさわしい愛が……。
己の美学を貫く、タキシード姿の木村伝兵衛部長刑事に味方良介(24)。野心を胸に富山県警から赴任した熊田留吉刑事に多和田秀弥(23)。長崎の離島から上京し工員として働く大山金太郎に黒羽麻璃央(23)。そして、木村を恋い慕う婦人警官の水野朋子に文音(28)を迎えての「熱海殺人事件 NEW GENERATION」のゲネプロ(公開稽古)が初日前夜、2月17日(金)に行われた。
味方、多和田、黒羽はミュージカル『テニスの王子様』で舞台経験を積み、文音は日本で初めて女優自らスタントを務めた志穂美悦子の娘、という、まさに次世代の顔ぶれがそろった。
果たして、彼らは NEW GENERATIONを名乗れるのか……そんな問いかけはすぐに吹っ飛ぶこととなる。
スモークが焚かれ、爆音のチャイコフスキー『白鳥の湖』が流れるなか、真っ赤な照明を浴びた木村伝兵衛がどこかに電話をかけている──初演から変わることのないオープニングだ。
ここは桜田門。警視庁、木村の部屋。
訪れたのは、本日、赴任したばかりの熊田留吉。富山の田舎者、と一瞥し、水野との関係も隠さず、冷ややかな対応で迎える木村。敵意を剥き出しにする熊田。しかし、木村は彼のためにひとつの贈り物を用意していた。
それは、熱海で起こった殺人事件。
浜辺で発見された、女の遺体はたいそう不細工だったという………彼女の同郷で容疑者とされた大山金太郎が、ド派手に登場。しかし、その顎には無精髭、瞳はつぶらで純朴。とても女を殺すようには見えなかった。しかし、大山は言い切る。
「俺を死刑台に送ってくれ」
単なる痴情のもつれ、では片付けられない「理由」がなければ、この殺しは成立しない。
熊田に与えられたのは「事件解決」ではなく、容疑者を「立派な犯人」に仕立て上げ、13階段を登らせる、というもの。
期限は、十年にも渡る木村との関係を絶ち、退職して静岡に嫁ぐという水野を送り出す、その時まで。愛車で高速道路をぶっ飛ばし、式場に駆け込むまでの時間を高らかに宣言する、水野。しかし、
「そこに新郎との熱いキスを交わす、2分間は含まれておりません!」
と、真っ直ぐに木村を見つめる。
けれど、木村の美学が彼女を引き止める、という選択を許さない。一方、熊田には、貧しい生まれの自分に尽くしてくれた女を棄ててきた、という負い目があった。ともに惚れた女に手を差し伸べられずにいる男ふたりが、惚れた女を手にかけた男の動機に迫ることができるのか。
……こう書くと、実にシリアスな物語だが、ところどころに時事ネタが織り込まれて、笑いが絶えず、板の上にいる彼らは実に爽やかだ。熱を持ち、真っ直ぐに役と向き合う姿がいっそ清々しい。重厚さよりも情熱、熟練よりも必死、飄々さよりも青臭さ、荒々しさよりは繊細。それは、おそらく役に挑む、彼らの本質だ。ああ、時代により役者により、こんなにも同じ戯曲が見せる顔が変わるものなのか。
囲み会見で、つかの生前はプロデューサーとして、今は自身が演出家として、つか作品を手がける、岡村俊一は語った。
「かつて、この役に初めて挑んだ役者たちも20代だった」
確かに名作として重んじられている本作だが、執筆当時のつかは25歳。初演の役者たちの年齢も推して知るべし。そう、これは若者たちの技量を、若さを、挑戦を見せる舞台ではなかったか。
とはいえ、今の彼らが未熟、ということでは決して、なく。動きがきれい。瞬発力がすごい。なによりも若き彼らの奮闘に心が躍る。滑舌がすばらしい。延々と続く難解な台詞がするすると耳に届く。心に響く。だからこそ、より戯曲の持つ巧みさが、すとん、と身の内に収まる。
つか舞台お馴染みの、とんでもない長台詞を朗々と語る味方良介はどこまでも超然と、美しい立ち姿で君臨する。端正な佇まいを崩すことなく、言葉で追い詰め、木村として揺るがぬ己の美意識を叩きつける。
対する多和田秀弥は、貧しい生まれから這い上がるために手段を選ばない熊田の狂気……とも言える野蛮さを隠そうともしない。狂ったように銃を連射し、地べたに這いつくばる。
そんなふたりの捜査の間で翻弄され、ほだされて立派な犯人を目指したかと思えば、一転して頑(かたく)なに心を閉ざす大山。黒羽麻璃央の見せる、無垢さ、一途な頑固さとが一層、両者の相容れなさを際立たせる。
彼らを若手イケメン俳優、といった表層的なカテゴリでくくってしまうのは簡単だ。けれど、それぞれに異なる道を歩み、腕を磨き、力をつけ、丁丁発止を繰り広げ、今、この空間で観たことのない姿をさらしている。
物語は二転三転、茶番と本気で撹乱されていきながらも、ピンスポットのなか、本当のことが明かされる大山の告白がたまらない。木村の懐の深さ、熊田の後悔、水野の思いやり。すべてがこのためにあったのか……と、知らされる瞬間、全部のピースがぱちぱちとはまる。やられた。
恥ずかしながら、これまで何度も観ているはずの熱海殺人事件の、構造のおもしろさ、みたいなものを改めて発見したというか。かつて、観るたびに暴力的な熱に浮かされ、うわー! と吐きそうになっていたのが嘘のように、とてつもなく美しくて繊細に涙がこぼれる世界がそこにあった。
これは、まさに新世代だ。
次代をになう役者たちによる「熱海殺人事件」だ。
これからも役者の数だけ、観たことのない「熱海殺人事件」が生まれることだろう。こうして、戯曲は生き続ける。
新たな誕生に、立ち会えたことは僥倖、だ。
撮影・文/おーちようこ 2017年2月17日、ゲネプロ観劇
熱海殺人事件 NEW GENERATION
http://www.rup.co.jp/atami.html
作:つかこうへい
演出:岡村俊一
会場:東京・新宿 紀伊國屋ホール
期間:2017年2月18日(土)~3月6日(月)