あれは一体、なんだったのか……舞台『絵本合法衢』私的すぎるレビュー。

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最期の覚悟を決める姿。小野一貴(お亀)、井之脇海(与兵衛)、桑野晃輔(左枝大学之助)、佐藤流司(合法)、鳥越裕貴(太平次)

 

 うわ、なんか難しそう……というのが、舞台の第一印象で。
 けれど、届けられたキービジュアルからは、杳(よう)として得体の知れない、けれど、おもしろさが満ち溢れていたり。
 それもそのはず、脚本を手がけたのは現代の歌舞伎こと「ネオかぶき」を男優ばかりで上演する花組芝居の演出、作家、俳優を務める加納幸和。演出は2000年旗揚げ、昨年、自身の短編小説をもとに『竹林の人々』として舞台化、しょーもない家族の、コンプレックスの塊な次男を鳥越裕貴が全力で演じていた、禍々しくも切ない世界を創りあげた劇団鹿殺しの、丸尾丸一郎。に、挑むのはご存知、劇団ひまわり含む、砂岡事務所の若き役者たち。
 ……いったい、これはどんな舞台なんだろう、と。そんな折、稽古場取材の話をいただき、伺う僥倖に。それは、こちら、舞台『絵本合法衢』稽古場から Theater letter04 で読んでいただくとして、ゲネと本公演を観劇したうっとおしいレビューを以下に。

 果たして、そこに在ったのは、ただただただただ生々しく、台詞を吐き続ける役者の姿だった。ゲネを観に行った日の、自分のツイートを恥ずかしながらも、ここに改めて記録。

 もう、このまんま。
 他に書きようがない……というのも乱暴なので続きます。
 描かれたのは、勧善懲悪から程遠い「悪」の物語。
 左枝大学之助なる腹の座った根っからの大悪党のお家乗っ取りの策略と、その配下で実は自分の居場所を探しているように(わたしには)見えた、太平次の暗躍により、親子の絆や情に約束、義に正しく生きようとする人々がどんどんどんどん殺されていく──と、書くと、なんとも殺伐としたお話かと思うだろう。ところが、そこには熱量と熱量と熱量しかなかった。

 

 八百屋と呼ばれる舞台の後ろには古めいた鏡台や雑多に衣裳がかけられた衣紋掛けと、所狭しと道具が並ぶ。そこに静かに役者たちが、ひとり、またひとりと姿を現し、ある者は鏡を覗き込み、水を飲み、襟を正して控えていく。その様子に気付いた観客がひとり、またひとりと静かになり、やがてシン、とした客席が暗くなっていく。

 今からなにが始まるのか。
 と、手に手に小さなライトを掲げた、紋付袴の役者がそれぞれに己の顔を照らし、舞台前方に、ざん! と並び、一礼して暗転。
 もう、ぞくぞくした。
 以下に役者が演じた役を記してみたい(公式サイトから引用)。

 

 桑野晃輔/左枝大学之助・うんざりお松・孫七
 鳥越裕貴/立場の太平次・多賀俊行・おわた
 佐藤流司/高橋弥十郎(合法)・魚屋五郎助
 小野一貴/お亀・松浦玄蕃・九助
 井之脇海/道具屋与兵衛・小島林平・あざみ
 板垣雄亮/高橋瀬左衛門・皐月・伝三
 大川敦司/関口多九郎・里松・おりよ
 土屋神葉/守山軍蔵・お縫
 宮下浩行/佐五右衛門・笹山官兵衛・お米
 中島幸一/お道・善助

 

 これは、稽古が始まってから、本読みを通して決められたというが、舞台上で彼らは必要以外に役名を名乗るわけではない。出で立ちと空気と、交わす言葉とでくるくると表情を変え、己の役を伝える。役者たちが自ら舞台の飾り変えを手がけ、己の顔に紅を差し、あるいは着替え、大川敦司土屋神葉宮下浩行中島幸一らを含め、常に板の上に居続けたことも特筆。

 ぬけぬけと嘘を吐き、ときに柔和、あるいは冷徹に幼子すら手にかける大悪党・左枝大学之助から一転、惚れた男に尽くす愚かで可愛い見世物小屋の蛇使い・お松を小粋に演じる桑野晃輔は、とにかく自由(笑)。
 見世物小屋でお松が扱う毒蛇(の、ぬいぐるみ)をぶんぶんと愉しげに振り回す姿はまさしく「見世物」で、小野一貴が演じる愛らしい(小首を傾げてたたずむ姿が実に、愛らしかった!)娘・お亀に、その日、楽屋でデリバリーしたというピザに付いてきた辛すぎるソースの一気飲みを強要したり(これは、わたしが観た回の話で、小野さんはボケて逃げるとかせずに、生真面目にも飲んでしまって、ごふ、ってなりながらも演じ通してました)と、やりたい放題。しまいには大先輩で唯一の客演、軽妙に多くの役を演じ分け、各場面をしかと支えていた板垣雄亮に「長いわ!」と一喝され、えへへっ、と笑顔を見せる。

 貫禄たっぷりな大学之助と打って変わって、姑息で小狡い知恵と機転が利く小悪党・太平次を演じる、鳥越裕貴の妙が光る。多賀の大名では一転、バカ殿風味でふんぞり返って終始、眼(まなこ)は空を仰ぎ、佐藤流司が演じるのちの合法こと、高橋弥十郎に恋わずらいを告白するが、その真意は……と二転三転、くるくると豹変し。そして、最期の瞬間、ああ、本当にこの人は寂しかったんだ……と思えてしまって、密かに泣けた。

 稽古からゲネ、そして本番とみるみる声が、姿が、凛として朗として変化して、驚かされたのは実直な孝行息子・道具屋与兵衛を演じた井之脇海。親子の縁を切ってまで敵討ちに臨んだものの病に倒れ、哀れな姿を晒しながらも、愛しい妻のお亀を叱咤し、けれどその死を知ったあとの後悔と懺悔に思わず、ぐうとなり。
 そんな夫を思うあまり、大学之助に我が身を投げ出し誇り高い最期を遂げた、お亀の、最後の登場の美しさに、はっ、となり。しかし、一方で小野一貴は物語の前半、松浦玄蕃として八百屋舞台で杖を付き足を引きずり、がなりたて、いかにもな小物っぷりも披露。

 舞台上でそのすべてを見守り、場面に寄り添い、心に寄り添い、下手にしつらえたパーカッションマシンでドラムを叩き続け、舞台を彩る楽曲(これがまた、カッコいい)に合わせ、効果音を奏でていたのは佐藤流司。これ、おそらく一瞬も休めない役どころで、その集中力たるや! と。そして最後の最後に、妻に弟、一切合財と別れを告げ、遂に悲願の仇討を成し遂げる合法として、大学之助の家臣をばっさばっさと斬り倒し、大立ち回りをすさまじい気迫で演じきり……息付く間もなくぜーんぶ、かっさらっちゃうのがいかにも、らしくて圧巻で。
 やがて、すべてを果たし死屍累々となった板の上の奥で、真正面を向き、頭から、どう、と倒れこむ。八百屋舞台なのに……! 想像してください。足元より低い床に向かって手を着くことなく、頭から倒れ込む景色を……すげえ。

 ──── と、なんか、もっともらしくたくさん書いたけど、正直に言います。全部読み飛ばしてくれていいです。なんかもう、ただただ、トンデモない舞台だった、ということだけを言いたい。誰が何役演じたとか、その演じ分けが凄かったとか、志の高さに感嘆したとか、いくらでも書きようはあるけれど、本当はどうでもいい。本当にどうでもいい……どうっっっっでも、いい! と、思ってしまうくらい、なんか、凄いモノが在った、それだけ。

 奇しくも作中にも見世物小屋が登場し、役者たちが奇矯な踊りを披露するけど、だって、そうなんだもん。芝居って、もともと見世物小屋的なことだから。日常の憂さを晴らしにドキドキするものとか、びっくりするものとか、心踊る出し物で、一瞬、異界に行きたくて観るもので、あの空間は間違いなく、ソレだった。砂岡事務所、恐るべし。

 台詞が難しくて、正直、なに言ってるか、よくわかんないところもあったけど、その姿で、声で全部わかったから。
 想いが、わかったから。
 真っ白な足袋がどんどんと汚れていって。
 汗なのか唾なのか涙なのか、よくわかんないものが飛び散って。
 いやあ、なんか、もう、おもしろいもんを観ました。
 ありがとう。

 そして、公式サイトはこちら。砂岡事務所プロデュース『絵本合法衢』
 どうやら、DVDのリリースとWeb配信があるようですよ。予約や配信期間はご自身で確認いただいて、ちょっと覗いてみてください。おもしろいよ、舞台。
 ときどき、すっげえ、こわいけど。

文・おーちようこ 写真提供・砂岡事務所 禁・無断転載

 

写真上 お松と太平次/写真下 まさに見世物小屋の一場面

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