『新・幕末純情伝』つかこうへい、という名の病。
初めてつかこうへい作品の舞台を見たのは、とある小劇場劇団の女優さんが貸してくれたビデオだった。それは、『飛龍伝90ー殺戮の秋ー』。
口だてという文化で演出を行う、つかこうへいが全国高等学校演劇大会でつか作品を上演したいと願う高校生のために無償でダビング、配布したうちの1本を、実際に高校演劇祭でヒロインを演じ、魅せられ、女優という道を選んだ彼女が貸してくれた、宝物でした。
第四機動隊隊長、山崎一平を演じた筧利夫さん、当時28歳。
ヒロイン、神林美智子を演じた富田靖子さん、当時21歳。
1990年11月に今は無き、セゾン劇場で上演されたこの作品は、70年代安保、東京を舞台に繰り広げられる。
四国高松から東大に入学した美智子は東大生にして全共闘の活動で日本を変えよとする桂木順一郎に見初められ、彼らを弾圧する立場の山崎のもとへスパイとして送り込まれる。
非情にも惚れた女を差し出し、差し出しながらも嫉妬に駆られる、エリートの男。
突然、自身のもとに訪れた才女に戸惑いながらも、その健気さを愛しすべてを受け入れる学のない男。
その間で揺れながらも選択を迫られ、引きちぎられていく女。
安保闘争で実際に命を落とした東大生、樺美智子(かんばみちこ)さんを彷彿させる存在を軸に描かれた、この戯曲にかぎらず、つかこうへい作品は時代の激流に翻弄されながらも変わらない、変わることができない無器用な男と女を常に描く。
『広島に原爆を落とす日』しかり『蒲田行進曲』しかり『幕末純情伝』しかり。『熱海殺人事件』しかり。
史実と虚構と世相を下世話と茶番を織り交ぜ、人の心の昏いところや儚いところ、純情すぎるところを残酷に明るくえぐりだす。
自身の生まれから「いつかこうへいに」と付けられたと言われているペンネームが伝える通り、許されたぎりぎりの表現で人々の平穏な営みを分断する差別を、これでもかと突き付ける。
役者たちが託されるのは、ともすれば「つかこうへい」だからこそ許される治外法権な、放送禁止用語すれすれの単語が踊り、延々と続く希望と絶望と狂気と、それでも生きようとする力が込められた台詞。
それは、例えるなら厨二病よりもはるかに深い病。
かつて、イケメンモデルから脱却できずにいた、阿部寛は一九九二年、つかこうへいの『熱海殺人事件モンテカルロイリュージョン』で主演、木村伝兵衛部長刑事を演じ、紫色のチャイナドレスをまとい仁王立ちで登場、己を吹っ切ったという。
2013年、その木村伝兵衛役に、「つかこうへい最後の弟子」と称された馬場徹さんが25歳という史上最年少で抜擢されたことは記憶に新しい。
そして2014年秋。
「つかこうへいダブルス2014」というタイトルで、その舞台は上演された。
東京は三軒茶屋にある、シアタートラムという小さな劇場で。若手役者中心に組まれた座組が全力で挑んだ演目は『新・幕末純情伝』と『広島に原爆を落とす日』の二作。ここにキャストを記しておく。
『新・幕末純情伝』
坂本龍馬・神尾佑
沖田総司・河北麻友子
土方歳三・細貝圭
桂小五郎・高橋龍輝
岡田以蔵・早乙女友貴
近藤勇・久保田創
新撰組隊士・桑野晃輔 山下翔央 大久保祥太郎 広海深海
浪士・古田龍
岩倉具視・市瀬秀和
勝海舟・吉田智則
『広島に原爆を落とす日』
ディープ山崎・馬場徹
重宗夏枝・河北麻友子
北関東血盟団・高橋龍輝
山崎部隊隊員・高橋龍輝 桑野晃輔 大久保祥太郎 早乙女友貴 山下翔央 久保田創 吉田智則 広海深海(九日以降)
アドルフ・ヒトラー・市瀬秀和
いずれも、翻弄される一人の女と、そこに生きる男たちの物語。機会があれば、観てほしいし、観るべきだ。一度でも観た人は、その病に取り込まれるにちがいないから。役者だけでなく、訪れた若き観客も、おそらくは初めて聞く単語も多かっただろう。けれど、ひとつひとつの言葉に込められた熱に心が身体が揺らいだにちがいない。
役者にあるまじき、声を枯らしながら舞台に立った彼らの姿が忘れらない。
汗なんだか涙なんだか唾なんだかわかんない体液でぐちゃぐちゃになりながらも、きらきらした瞳で怒涛の台詞の波を泳ぎ切った彼らの姿を忘れることなど絶対にできない。
2011年放送の『仮面ライダーフォーゼ』後、久々に舞台へと登場した、高橋龍輝が『新・幕末純情伝』の桂小五郎役として、全力で披露した渾身の自虐(?)ギャグ「桂イダー(かつらいだー)変身!」を、『広島に原爆を落とす日』で美しい殺陣の果て、かつて自身が演じたミュージカル『テニスの王子様』主演、越前リョーマの如く、「まだまだだね」とうそぶいたドヤ顔を、ピンスポットのなか、現れた瞬間の、はっ、とする華やかさを忘れない。
ミュージカル『テニスの王子様』 2ndシーズンで、氷帝ゴールデンペアとして試合に臨む宍戸亮を演じた桑野晃輔が『広島に原爆を落とす日』初日、誰よりも先陣きって最初に放った台詞の声がわずかに震えていたことを忘れない。大千秋楽のスペシャル公演で、土方歳三役の細貝圭、さらには2012年版の土方にして初代、氷帝・宍戸役の鎌苅健太から託されて急遽、演じた土方の台詞を完璧に入れていたことを忘れない。あの強気で真っ直ぐな眼差しを忘れない。
端正な顔で、おそろしいほどの膨大な台詞を吐いた、馬場徹が、プライドの高さゆえにひねこびて、才能と生まれのため、皮肉にも選ばれてしまうディープ山崎少佐として生きたことを、あんなにも面倒くさくてイヤなやつだったのに、いつの間にかどうしようもなく純情で可愛くて、馬鹿な男に見えたことを、凛々しさを、空を仰ぎ見る笑顔を忘れない。
志と示唆と希望と呪詛に満ちた台詞に、挑んで挑んで挑み抜いて、ある者は負け、ある者は操り、熱量うずまく、あの舞台を忘れない。果敢にも身を投じた俳優が翻弄され、血反吐を吐いたであろう、悩ましくも狂おしい病を絶対に忘れない。
観るたびに自身の心が初めてつか作品を観た、あの瞬間に連れ戻され、防御することを覚え大人として立ち振る舞うことに慣れた心を裏切ろうとも、忘れない。
幾度と無く繰り返し上演される、あの病に侵された者の姿を忘れない。
何度でも何度でも、観続ける。
追記・2015年2月。老舗の紀伊国屋ホールで『飛龍伝』前身となる『初級革命講座 飛龍伝』が若手俳優により上演決定の報。かくして時代は繰り返される。
公演名・つかこうへいダブルス2014 『新・幕末純情伝』『広島に原爆を落とす日』
公演日・2014年8月29日(金)〜9月14日(日)
会場・シアタートラム
(『舞台男子と観劇女子』1号所収)