舞台俳優は語る 第5回 佐奈宏紀の「今」
2019.9.25
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あなたの「今」を教えてください──舞台人の「今」を記憶する新連載『舞台俳優は語る』第5回は、佐奈宏紀さんの登場です。
それは、よく晴れたある日。
にこにこと笑う、その若き俳優は自身の歴史を振り返り、6年間の道のりを包み隠さず語り尽くす──おそらくこれまで歩いてきた日々に悔いがないからだろう。素直で無邪気、茶目っ気たっぷり、表情豊かにときにモノマネ、ときに自戒。いろんなものを散りばめて繰り出される本音はまるで、びっくり箱のよう。その軌跡と今をざっくばらんに朗らかに、丸ごと言の葉に乗せて。
友人とうまく行かなかったタイミングで
ジュノンボーイコンテストの話がありました
──2011年、第24回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでベスト30に選ばれます。
佐奈:実家が名古屋で歯医者をしていますが、そこで働いている方が「応募してみたら」と。で、申し込んだら書類審査が通って大阪のオーディション会場に行きました。
親が事前に調べて「なにか特技を見せる」審査があると知り、ちょっとおもしろいことを用意しようと思って、手のひらとお腹に顔を描き「今日は友だちを連れてきました。平手くんです! ハラ田くんです」って紹介しようと思ったんですけど……なんにもできなかったんです。
──その発想も謎ですが、なぜできなかったのでしょう。
佐奈:僕の順番が9番目だったからです! 一組8人ごとに発表するんですが、僕、2組目のトップバッターだったんです……それで、ものすごく緊張しちゃって。
ずっと温室育ちで、学校以外は私生活ではなーんにもできない子だったんです。だから会場で親と引き離され独りにされたことで駄目になりました……「名古屋出身の佐奈宏紀です……」としか言えずに終わり。同じ組の人が「蝉の幼虫が生まれるまでをやります!」とか独創的なことをやっていて「あー、これ落ちたな」って。でも、合格の連絡をいただきました。
──おめでとうございます。合格の決め手は……。
佐奈:やっぱり顔ですか?(笑)って書いていただくと、絶対に誤解されそうじゃないですかー!
──この、ちょっとおもしろいテンションを文字で残す努力をいたします。
佐奈:ありがとうございます(笑)。結局、敗者復活でぎりぎり30位に残って、それが縁で今の事務所に声をかけていただきました。初めての面談では鍛えた腹筋を見せました……他に自慢できるところがなかったので……。
──つながりました。それで、オーディションではお腹に顔を……。
佐奈:そうかもしれません。父が僕の腹筋が好きで「それを見せたらいいんじゃないか」と言ってくれたので……まあ、母は苦笑いしてましたけどね。
──最終的にこの世界へ進むと決めたキッカケは?
佐奈:実は……学校生活がちょっとうまく行ってなかったんです。仲が良かったグループから孤立してしまった事件があって。
──なにがあったのでしょう。
佐奈:友だちのゲームのカードを失くしちゃったんです……ただ、それもちょっと腹が立つ話で。カードデッキを使ってチームを育てるゲームがあって、僕がゲームセンターに遊びに行くときに「俺のカードでも遊んで成績あげといて」って言われて……俺、その当時、ビビリで、グループを仕切ってるヤツから言われて逆らえなかったんです。
でも、まあいいか、と、自分の分とゲーム機2台駆使して遊んで、帰るときに、そいつの成績を記録するカードだけ忘れちゃったんです……家に帰ってから気付いて慌てて戻ったけど、もう無くなっていて。半日くらいかけてウロウロ探してたけど見つからなくて。やばい、殺される……って思ったけど、もう、どうしようもなくて「ごめん……失くした」って電話したら、それからですよ。無視がはじまって。
──ああ……。
佐奈:そんなときに、ジュノンボーイに応募する話があって。だから考えたんです。もし、これで雑誌に載るようなことになったら、あいつら、絶対にまた仲良くなりたいって言ってくるぞ、って。もちろん俺が悪いんだけど、すごく悔しかったから。人気者になったら絶対、態度を変えるんだろうなって思って……ちょっと、そういう意地もありました。
──結果、どうなったのでしょうか。
佐奈:速攻でした!(笑)と言っても応募から1年くらいかかったけど、雑誌に載って学校で騒がれるようになったら、シカトされてたのが手のひら返しですよ。
──わかりやすい!(笑)
佐奈:文化祭があって、僕のクラスにものすごくたくさんの生徒が覗きに来ていて。すごく意識されてるのはわかってたんだけど、その後、当の本人が声をかけてきて「あのさ……あの件、まだ気にしてる?」みたいに聞かれて。そのときもまだ、ちょっと腹が立っていたんだけど「別に……もう、気にしてないよ」みたいに返して、そこからまた一緒に遊ぶようになって。結局、今もたまに会って飲むくらいには付き合いが続いています(笑)。
──いい話です……というか、目立ちたいとかモテたいとかテレビに出たいとかではなく、見返してやりたいという少年漫画的な目的で人生を選んでいます。
佐奈:そうなんです! だから受かった後、実はしばらくぼけっとしていたんですが、だんだんと僕が仕事をすると、家族の関係がどんどん良くなっていくことに気付いたんです。
──たとえば、それは?
佐奈:掲載された雑誌を観て、両親が喜んでくれるんです。誇りに思ってくれているのがわかって、一緒に応援してくれて。
僕の存在が周りを変えていくことが嬉しくて、だから続けていこうかな、と思えました。だから高校在学中にミュージカル『テニスの王子様』(以下テニミュ)3rdシーズンのオーディションで青学(せいがく)の海堂 薫役に受かったこともものすごくうれしくて。当時、若手俳優の登竜門で、ここからひとつ広がる、って聞いていたから。
──この仕事を続けていく覚悟は、この当時に生まれたのでしょうか。
佐奈:それが……なんというか、ものすごく正直に言うと流されてしまっていたんです……いただいたお仕事をただただ楽しい楽しい、ってやらせてもらっていて、先のことを考えるとか全然なくて。だからだんだんと、ただ好きなことを楽しくやらせてもらっていることが仕事として悪いことなんじゃないかな、って思うようになってしまって。
──悪いこととは?
佐奈:もともと僕は楽観的で、スポーツもやっていましたが、普段は休日も家から一歩も出なくていいし、特にこれといった目標もないまま、学生生活からこの世界に入ってふわふわとやってきてしまって……なにも変わらず楽しいままでいることに疑問を持ってしまったんです。
ずっと勉強が大切だと教わってきたので、学校にも通わず、好きなことをしていて果たして自分は大丈夫なのか、このまま目が出なかったらどうしよう、とか考えちゃって。だから二十歳(はたち)になったら辞めようとか、大学卒業と同じ年の22歳になったら辞めようとか……辞めたい、という思いがあったわけではなくて人生の節目できっぱりと辞めたほうがいいんじゃないかとキッカケを探していました。
──意外です……楽しいままでいることが怖かった?
佐奈:というか、僕の目標に、実家よりも大きな家に住みたい、というのがあって。だから役者の仕事は楽しいし、苦ではないんだけれど、もし目が出なかったら家なんて買えないんじゃないかな……とか。それはいやだな、とか、そんなことばっかり考えていたんです。でも、その考えが一変する作品に出逢っちゃったんです。
演じる、ということに対して
なにがわからないか? も、わからなかったから
──考えが一変した、という作品はなんでしょう。
佐奈:初の主演作品となった「Fate/Grand Order THE STAGE -神聖円卓領域キャメロット-」(以下FGO)です。
──以前、別の取材でも演出を手がけた福山桜子さんのワークショップに大きな感銘を受けたと語っていました。
佐奈:すごく納得できたんです。いろいろ疑問に思っていたことに答えてもらったというか。テニミュはすでにできあがっていたものがあって、それらを参考にしていたし、演じるというよりも、まるで部活みたいに楽しい時間を過ごしていたから。初めて演技に対して基礎から学ぶ機会を与えてもらえたことで、ああ、ちゃんとルールのようなものがあるんだと知って。どこか漠然と抱えていた不安が解消されていって、そこからです。「なんとなく楽しい」が「あ、本当に楽しい」に変わったのは。だから続けたい、と意識したのはこのときかもしれません。
──実は、ご自身が主演と知らずにいたということです。
佐奈:そうなんです! ワークショップでは、絶対、アルトリア・ペンドラゴン役の高橋ユウちゃんが主演だと思ってたから。でも、詳細が解禁されたら、トップに自分の名前があって……え? あれ? なんで?? ってなって。そうしたらオジマンディアス役でテニミュで一緒だった本田礼生からも座長を祝う連絡があって……いや、もう、教えてくれよ、って思いました(笑)。
──それは変に気負うことなくワークショップに臨んでほしい、という思いからではないでしょうか。
佐奈:そうでしょうか……ただ、本当にびっくりしたし、ものすごく大きな契機となった作品です。FGOは夏公演と秋に再演があったんですが、後から聞いた話では、とにかく夏公演は主演を仕上げることを最優先にしていた、とのことで。確かに桜子さんはものすごく僕と向き合う時間を作ってくれて、演技に限らずいろいろな話をしてくれて、僕の考えもひとつひとつ聞いてくれて、それに対しての考えも話してくれました。今まで演技について考えるという機会もなかったし、なにを知らないのかさえ知らなかったから次から次へと疑問が湧いて、いろんなことを話しました。
──どんな話をしたのでしょう。
佐奈:ひとつ挙げるなら「知らないことは演じられない」ということです。だから、近しい感情を持ってくる、と教わりました。たとえば人を殺してしまう役を演じるときに、もちろんそんな経験はないわけで。じゃあ、どうするかというと、これまでの経験のなかからそこに至る心境に近いものを探し出して自分にあった負荷をかけて、気持ちを寄せていく、という。
哀しくて泣く場合もいろんな泣き方があって、どういう哀しみが役の哀しみに近いのかを自分の内側から探し出す……自分自身ととことん向き合って、役とシンクロする感情を見つけ出す……そういった方法だけでなく「それを続けることで、いずれ自分だけの演技につながっていく」といった理論的なことも教わりました。
──ベディヴィエールはシンクロしましたか?
佐奈:何度もありました……あっ、あっ、これだ、これだ、って思う瞬間がたくさん。特に言われていたのが「今、どんな景色が見えているのか、そのときどういう状況なのかまで具体的に考える」ということで「ただ単に舞台の上に立ってる、ということだけはしないでほしい」と言われていたんです。だから、この場面はどんな場所でどんな季節で、そこはどんな温度と肌触りで足元はどうなのか、写真でも映像でもいいから自分の目で見て記憶に収めて、その場にいるようにしてほしいと言われて。
秋公演で最後に……景色がざあっ、と見えたんです。最後の決戦を前に、遥かにそびえ立つ宮殿が目の前に広がって……鳥肌が立ちました。
──すばらしい体験です。
佐奈:言われたことをただひたすらに健気にやっていたら、そこに辿り着けました。また、こんな体験をしたい……と思ったし、このときは僕の力というよりも助けがあったからこそ成し得たことなので、次は僕一人の力で辿り着きたい……と思ったんですけれど。まあ、そんなに簡単なことではなく……。
──そこまで入り込んでいる一方で、夏公演のゲネプロで佐奈さんのマイクがとんだ瞬間があり、すかさず声を張ってフォローしていて驚きました。
佐奈:あれは取材も入っていたので……それよりも僕は桜子さんがすかさず舞台を止めて、マイクを直す時間を作ったことに驚きました。
──確かに舞台を止める、ということは珍しいかもしれません。ですがゲネプロは全体の最終リハーサルであり取材のために行うものではないので、舞台上が最優先されるべきかと。ただ、それはさておき、とっさに判断し動いた佐奈さんに感じ入りました。
佐奈:そういったトラブルの対処は間違いなくテニミュで学びました。舞台上はとにかくいろんなことが起こるので……実はあるときバンダナが取れちゃったことがあって。さらに靴が片方脱げちゃって、とてつもなく恥ずかしかったです(笑)。あれ以上のトラブルはなかったので、もう、だいたいのことは平気です。
──すてきです。失敗して落ち込んだりは……。
佐奈:しません。僕、そういうメンタルはすごく強いんです。失敗してもそれはそれ。昼に失敗があっても夜には全然、気にしてません。だって引きずったらお客様に悪いから。なんだったら、どうやったら防げるかを考えます。
──続けて、「ゆく年く・る年冬の陣 師走明治座時代劇祭」で演じた真田幸村で、得体のしれない気配を感じました。
佐奈:FGOが終わってすぐの舞台だったので、学んだことを試せる……ではないけれど、どれだけ身に付いたのかを実際に確認できると思って意気込みがすごかったです。
人の上に立つ役なので、FGOのアルトリア・ペンドラゴンの在り方みたいなものがすごく参考になって。高橋ユウちゃんは演じながらなにを考えていたんだろうな、トップになるってどういうことなんだろうな、だんだんと感情を失っていく……みたいな話を桜子さんとしていたなあ、とか思い出して。幸村の背景を考えたときに、すっと理解できるところが多くて。だから気負うことなく、伸び伸びとできました。板さん(板垣恭一)の演出を受けて、演技についてなにも考えていなかった……というか、どう考えていいのかわからなかったのが、考える方法や方向を教わったばかりだったので、うわあ、って思うことがたくさんあって、どんどんと世界が広がるという感覚がすごくありました。
ひとつ舞台を経験し、ひとつ大きな糧を得る
──前後しますが、FGOの前に舞台「犬夜叉」で殺生丸を演じました。
佐奈:まだ全然、わかっていないときで、声だけで芝居していたなあとか、感覚で演っていたなあ、ということが、今となってはわかるんですが……当時は稽古、すごくつらかったです。
自分なりにアプローチしていたし、いろいろと助言はもらったんですが追いつかなくて……ただ、そのとき言われて、これだけは絶対に守ろうと決めたのが「声が小さい、もっと大きく」ということでした。それが、当時の自分ができることだったから。
毎公演、毎公演、限界まで声を張ってケンカ売ってんのかよ! くらいな勢いで台詞を言ってました……というか、実際、「ケンカ売ってるんじゃないんだから、でかけりゃいいってもんでもないぞ!」と叱られたこともありました(笑)。でも、この公演の後に周りから「モゴモゴしてたのが、台詞が聴きやすくなった」って言われたんです! だから、つらかったんですが得たものはありました。
──他に印象的な作品はありますか?
佐奈:なんといってもマライヒを演じた、2016年の舞台「パタリロ!」、2018年の舞台「パタリロ!」☆スターダスト計画☆です。演出を手掛けた小林顕作さんの世界観とものすごくマッチしていて、完全に劇場の空間を支配しているのが恐ろしくおもしろくて。成熟した大人がたくさんいて、いろーんな方向の「うまい人」たちがいるんだと思い知って……舞台上ではなにをやってもいいんだ、自由なんだ、ということを学んで、僕自身、ものすごく開放してもらいました。
もう、やったもん勝ちというか、おもしろいヤツが勝つ、という空間で。稽古場でゲラゲラ笑いながらやっていたこともいざ舞台上で試すときに「おまえ、それ、本当にやるの?」みたいなぴりぴりした空気になるというか。それでもやる人がいて、スベったとしてもウケるまでやる鉄のハートを持った大人がたくさんいて(笑)。だから、本当に羽ばたかせていただきました。おもしろい人は本当におもしろいし、歌がうまい人は本当にうまいし。とにかくうまい人はたくさんいるんだな、と知りました。
──いい経験をされました。そこで苦労もあったのではないかと。
佐奈:はい。僕は僕の持てる武器で挑みましたがなかなか太刀打ちできなくてぇ……。
──ところで……少々気になっているのが、ときどき語尾があがります……。
佐奈:あ、オネエ入ってました?(笑)
──自ら言いますか!(笑)
佐奈:なんか、なっちゃうんですよ。これは僕が分析するに、完全にパタリロを演じた加藤諒くんのせいです! 楽屋で席が隣でいつも話をしていて。毎日、「はい、おはようございますぅ」ってテレビで観る感じのまんま入ってきて、席に座るのも「失礼いたしますぅ。佐奈ちゃん、おはよー。あれ、髪切りました? かわいい〜」(クオリティの高いモノマネを披露し、一同、爆笑)って常にその調子で。
なによりすごいのが、それで場の空気がいい感じになっちゃうんですよ! それがいいなあ、って思っちゃって。そうしたら僕も感染っちゃった……というか、影響受けてます!
──空気を和ませる技を手に入れました。
佐奈:でも、仲良くなった俳優とかに「ビジネスオネエ」って怒られるんです(笑)。ご飯食べに行ったときとか店員さんに向けて、つい無意識に出ちゃって。「はい、でた!」とか「もう、それいいよ!」とか言われるんですが、空気が緩むならいいんじゃないかなと思っています。だから、振り返ってみると、出演した舞台の演出家の方が、みごとにばらばら! 全然ちがう作品で、全部異なる演出を受けてきたことは、改めて感謝ですね。
座長という立場をなめていたのかもしれない
そう思ったら動けなくなりました
──2017年の「ゆく年く・る年冬の陣 師走明治座時代劇祭」のち、2018年「歳が暮れ・るYO 明治座大合戦祭」(以下、る戦)で武田晴信役として、対となる山本勘助役の内藤大希さんとW主演を務めます。FGO以後も座長を経験していますが、在り方みたいなものは変わるのでしょうか。
佐奈:あー……あの、全然、ちがいました。その前に座長を務めた舞台「ひらがな男子」とも。だから、あの……そんなつもりは全然なかったんですが稽古の途中で思っちゃったんですよね。僕、なめてたのかな、と。
──どういうことでしょう。
佐奈:座長としてカンパニーの先頭に立つ、ってことが本当にどういうことだろう……ってなっちゃって。今までが間違っていたとは思わないんですが、このときは本当に、あれっ、ってなっちゃって。それは気負いすぎたのか、軽く考えすぎていたのか、あるいは僕が変わったのか、全然わからなくて……役の解釈とは別に、カンパニーをまとめるってどうなんだろう……って迷っちゃったらもやもやしちゃって。
で、どうしたかというと……結果、なにが正解だったかはわからないままだったんですが、とにかく気持ちを立て直せたのは加藤啓さんが異変に気付いてくれて「佐奈、大丈夫?」って言ってくれたから、僕、びっくりしちゃって……まさか啓さんが、と。
──失礼ながら、それは意外なことなのでしょうか。
佐奈:なんだろう……うまい例えが思いつかないんですけどヤンキーがいいことをしたら褒められる……みたいな? 心配して声をかけてくれるなんて想像もしてなくて……隅っこで体育座りをしていた僕の隣に座って「話、聞こうか?」って。だから思わず涙声になっちゃって「いいですか……あのぅ『座長』がぁ、わかんなくなっちゃってぇ……」って。そうしたら話を聞いてくれて、「俺も芝居のことはまだまだわからないけれど座長という存在に対して言えるのは、座長本人が『絶対に大丈夫』と思っていたら、その姿にみんな安心して付いていくから、大丈夫って思っておけばいいよ」って言ってくれて。だから、その日から自分のなかで「大丈夫、大丈夫」ってずっと思って続けていたらだんだんと大丈夫になっていって。本当に大丈夫だったかどうかはわからないですし、今も正解はわからないんですが、無事に舞台に立つことができました。
終わった後も、なぜ稽古場であんな気持ちになっちゃったのかな、と振り返ってみたんです。それで自分なりに辿り着いたのは……明治座公演で座長を託してもらってうれしかったけれど、プレッシャーに感じすぎないようにしよう、いつもと変わらず楽観的に臨もう、と思っていたんのがよくなかったのかな、と。だって心から楽観的になれる人は実力が伴っているからこそで。僕はやっぱりどこかに不安があって、抑えていたプレッシャーに負けちゃって崩れちゃった。だから本気で楽観的にやるならば見合った実力が必要だし、自分の実力を見極めることも大事なんだな、って思いました。だって、ものすごく悔しかったんです……あんな状態になっちゃったことが。だから気持ち悪いままで終わりたくなくて……何が原因だったのか、ものすごく考えました。
──常に「なぜか?」を客観的に理解しようと努力しています。それは、この仕事に就いたからでしょうか。
佐奈:あー……それは僕も理由を考えたことがあって。わかったのはがっかりされることがいやなんです。周りの期待に応えられないことがつらくて、みんなが喜んでくれることが僕にとっても幸せなのかな、と。
──最初の話につながります! ご家族が喜んでくれるから、という。
佐奈:それ、すごくあると思っていて。よく、みんながこの世界に入った理由に「自分のため」とか話すのを聞いてもいまいちピンとこないままだったんですが、こうして話してみると、僕の喜びはそこにはないかもしれない……と思いました。
ただ、別に周りのために身を捧げる、とかそういうのでもないんです。反応してもらったらうれしい、みたいな……なんなんでしょうね、これ。でも、わかっているのは、人ががっかりする姿を見るのが悔しい、ってことで。普段はメンタル強いんですが、あ、がっかりさせた……って思うと、くしゃっ、てつぶれます。
余白が多いと気付きました
──前後しますが舞台「ひらがな男子」、舞台「春の修学旅行『妖怪!百鬼夜高等学校』〜一条通と付喪神〜」は川尻恵太さんの演出でした。
佐奈:どちらもなかなかできないタイプの舞台で、初めてのことがたくさんあって刺激的でした。川尻ワールドって稽古場でちょっと不安になるんですよ。シュールだしトバしてるし「え、これ、やるの、ウケるの?」ってなるんだけど、ちゃんとウケるからすごいんです。
──稽古場で川尻さんから『キン肉マンスタンプラリー』の話され、独りで回ってコンプリートしたとのことです。
佐奈:そうなんです。僕、茨城まで行きました! 時間を見つけて駅を回って。でも、その話をしたら「普通、そんなことできないよ」って言われて、僕自身もそうだな……と思ったんです。でも、できるんですよ……で、なんでだろうって思ったら、舞台「銀牙-流れ星 銀-」のときにわかったんです。
──気になります!
佐奈:今、けん玉にハマっているんですが、これも、稽古場で薦められたのがキッカケで……どうも、僕、余白が多いんだな、って気付いたんです。自主的にやりたいことがあまりなくて、自分で言うのもなんですが好奇心に対して素直なんだと思います。
──さらにフットワークも軽いかと。思い立ったら吉日的な。
佐奈:それはあると思います。あ、でも、先ほども言いましたが、そうなったのは舞台「パタリロ!」が原因です。それまではものすごく人目を気にするし、目上の人に媚びる……みたいなところがあったから。なので、学生時代も「カードゲームやっとけよ」って言われたら「はい!」ってなってたし、ずっとそういう生き方をしてきたんですね。
でも顕作さんとバンコラン役の青木玄徳さんから「おまえはまず、その感じをやめろ」って言われて。僕、「その感じ」がなにを指しているのか全然わかってなくて……でも、的はずれな僕の質問に対してめちゃくちゃ話を聞いてくれて、悪いところを指摘してくれて治してもらったんです。
──いい出会いです。どう変わりましたか?
佐奈:関係ないんだな、って気付かせてもらいました。媚びたからどうなるとかではなく、僕がおもしろいか、演技がどうかとか、みんな、そういうところを見てくれているのかな、と。まんまの自分を見て好きになってくれたりするのかな、だったら、そのほうが楽だなって思えるようになりました。
自分たちの実力はわかっている
でも、だからこそ全力で楽しませたい
──今年、春の修学旅行「妖怪!百鬼夜高等学校」~一条通と付喪神~、劇場版「パタリロ!」公開、Reading♡Stage「百合と薔薇」、そして「銀牙-流れ星 銀-」絆編主演を経て、いよいよ所属ユニットSUNPLUS 第1回公演「SUMMER BAZAAR~夏の終わり~」を迎えます。
佐奈:最初、お話を聞いたときは、いつも応援してくださっている方々に向けてもっとささやかにやるのかと思っていたんです。そうしたら制作に明治座公演でお世話になったる・ひまわりさんが入ると知って……どんどんどんどん予想より大きくなっていって、今、また不安もちょっと大きくなっているけれど、楽しみも増しています。
──結成して4年目にして初、というのが意外です。
佐奈:きっとそれくらいかかるんです。だって結成した時点で全員無名だし、ユニットを応援してくれる方もいないし。だから今回、こんなしっかりとした公演を打つと聞いて、ちゃんとお客様を呼ばなくては……と心から思います。
──演じることだけでなく、集客といったことも自覚的です。
佐奈:それはきっといろんな舞台で小劇場の方々とご一緒したからです。みんな、お金に関してシビアで舞台を一本打つのにどれくらいの予算が必要なのか、お金をかけたいところと諦めなければならないところや、ここで古着が安く買えるといった話を真剣にするんです。
だから「僕らはサービス業なんだな、楽しいことを届けて、お金を払っていただくんだな」って実感しています。もちろん、お金がすべてではありませんが「商業演劇」ということは事実だから。だからこそ今回、用意してもらった舞台は楽しみでもあるし怖くもあります。会場となる「新宿村LIVE」も行ったことがありますがステージと客席の距離が近くて、天井も低くて、ものすごく芝居小屋感があるんです。だからしっかりと空気を支配しないとお客さんに届かないと思っていて。内容的にも会話劇とのことで難易度が高いな……と。高校生の日常の物語なのでよりナチュラルに滑舌良く台詞を届けなければならなくて……。
──ひょっとして個人マイクではなく床置きマイクですか。
佐奈:そうなんです……だから普通の会話だけれど、言葉を客席の後ろまで届けることも意識して、心がけなくてはならないことがものすごくあるんです。たぶん、僕らはまだまだ力がないから。
メンバーとはこれまで演技の話をしっかりしたことはないので、どうなるのかわかりません。あえてケンカしたほうがいい相手もいるし、冷静に話したほうがいい相手もいると思います。ただ、一度だけファンミーティングでなぜか僕が演出みたいなことをやらせていただいたことがあって。僕は全然、経験がなかったのにみんなが「じゃあ、一度、やってみようよ」とすぐに飲み込んで言ってくれて一緒に作ることができたので、今回も素直に向き合いたいです。
──最後に「今」の自身について伺います。
佐奈:ものすごく正直に言うと焦っています……そんなに時間はないと思っていて。年齢を経てからできることはあるけれど、今、「若手」と言われる年でできることに対して、そう悠長にはしていられないというか。ただそれは先へと続けるためにあがいているからで、この瞬間もできることをすべてやって貪るように吸収して先へとつなぎたいです。
22年生きてきて役者をやってまだ6年目くらいですが、僕なりのこだわりや思いがあって演じているのでこれからも出演している作品を観ていただけたらうれしいです。改めて振り返ってみるといろいろあったなあ……と思いました。今はまだ、この6年間が自分にとってどういう時間だったのかはわからないんですが、いい作品に出て、いい方々に出逢って、いい年の重ね方をしてけたら。そのときにまた振り返る機会があったらいいな、と思います。
佐奈宏紀 さな・ひろき
1997年2月25日生まれ。愛知県出身。取材当時22歳
2011年、第24回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでベスト30に残り、この世界へ。サンミュージック若手俳優11名からなるユニット、SUNPLUS(サンプラス)所属。2015年より「ミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズンの海堂 薫、舞台「パタリロ!」のマライヒ、舞台「犬夜叉」殺生丸など幅広い役を演じ、2017年に「Fate/Grand Order THE STAGE -神聖円卓領域キャメロット-」でベディヴィエールとして初主演を経て、2018年に舞台「ひらがな男子」、「歳が暮れ・るYO 明治座大合戦祭」、2019年『銀牙-流れ星 銀-』〜絆編〜と立て続けに主演を務める。
サンミュージックブレーン 佐奈宏紀プロフィールhttps://www.sunmusic.org/profile/sana_hiroki.html
佐奈宏紀Twitter @hrk_sana
SUNPLUS 公式ブログ https://lineblog.me/sunplus/
インタビューを終えて
くるくると表情豊かに笑顔で語る姿に、軽妙な語り口に、共演者の声色の再現に、その場で立ち会っていた人々が思わず引き込まれて笑う──そんな取材の空気に触れて、2015年3月、ミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズン 青学(せいがく)vs不動峰が始動した当時の香港公演を思い出していました。2月、TOKYO DOME CITY HALLでの東京プレビュー公演を経てすぐの台湾、香港公演。おそらくアジア公演に向けて練習されたのでしょう、中国語での挨拶に観客が大きく湧いていました。
海外公演ではステージ左右に設けられた電光掲示板に字幕が映し出されていたので、キャストのセリフは日本語のままです。ですが冒頭、客席通路から登場した佐奈さん演じる海堂 薫はどこからともなく聞こえてきた、にゃー、という鳴き声に反応し「猫(マオ)?」と中国語で呟いた瞬間、客席が本当に本当に、ぶわあっ、と歓喜の空気に包まれました……舞台ってすごいな、生ものだな……と改めて体感した機会でもありました。今日、改めて、佐奈さんの人となりとたゆまない努力があの演技を生み、「今」へと続いているのだ、と、お伝えできていたらライター冥利に尽きます。
撮影:為広麻里
ヘアメイク:江口麻美(e-mu)
取材・文:おーちようこ
禁無断転載。掲載の記事、写真、すべての権利は「最善席」に帰属します。
SUNPLUS第1回公演「SUMMER BAZAAR ~夏の終わり~」
■あらすじ
舞台は、海沿いの全寮制男子校。
夏休み。生徒たちが続々と実家に帰省する中、寮に居残った生徒が数名。
暇を持て余していると思われた彼らは寮の伝統行事「サマー・バザー」に駆り出されることになる。
やがてそれぞれが抱える帰省しない理由も見えてきて・・・
――――いらないものは何ですか?
■脚本:宮本武史
■演出:赤澤ムック
■出演:
蒼木陣/小山内渉(おさない・わたる)役─小山内正人の兄
井澤巧麻/秋吉風太(あきよし・ふうた)役─2年寮生
佐伯亮/脇坂淳之介(わきさか・じゅんのすけ)役─2年寮生
佐奈宏紀/堀尊(ほり・たける)役─2年寮生
谷水力/小山内正人(おさない・まさと)役─2年寮生
野口準/秋吉公太(あきよし・こうた)役─秋吉風太の弟
平野宏周/夏井望(なつい・のぞむ)役─教師
丸山隼/橘陸夫(たちばな・りくお)役─新人教師
水田達貴/榊淳史(さかき・あつし)役─管理人の孫
三井理陽/岸直次郎(きし・なおじろう)役─堀尊の親戚
山形匠/宮野優平(みやの・ゆうへい)役─2年通学生
■公演日程:2019年10月18日(金)~27日(日)
■会場:新宿村LIVE(東京都新宿区北新宿2-1-2 新宿村CENTRAL地下2階)
■一般チケット料金・発売中 8000円(税込・全席指定)
イープラス eplus.jp/sunplus/
チケットぴあ w.pia.jp/t/sunplus/