舞台『絵本合法衢』稽古場から|Theater letter04
2016.5.8
不定期連載でお届けする、好きなものだけ集めた、舞台からの手紙。
砂岡事務所プロデュース 舞台『絵本合法衢』稽古場レポ&コメント
「もっと、むごたらしく死んでほしい。これは無情の話だから」
そう、これは極悪人が闊歩する、物語。
役者が立っている。
素灯りだけで照らされたステージに、稽古着や衣裳を羽織って思い思いの姿で、一心に台詞を吐いている。
ここは、劇団ひまわりグループが誇る5人の若き俳優、井之脇海、小野一貴、桑野晃輔、佐藤流司、鳥越裕貴(五十音順)が、大先輩の板垣雄亮の胸を借り、挑む、舞台『絵本合法衢 EHON GAPPO GA TSUJI』の稽古場。
演出を手掛ける、丸尾丸一郎の鋭い声が飛ぶ、
「声が変わっていないから、感情が見えない」あるいは「そこは立ったほうがいいよ」、「もう一拍、次の台詞を待って」。
きめ細やかで具体的な指示に即座に反応し、演じる姿が変わっていく。空気、がピン、と張り詰めている。
「もっと、むごたらしく死んでほしい。無情を伝える話だから」
これは役者に向かって放たれた、言葉。
その意味するところを説明するために、ここで『絵本合法衢』の紹介を。読み方は「えほんがっぽうがつじ」。もとは江戸後期に活躍した、歌舞伎狂言作者、四世鶴屋南北原作の物語。それを「劇団花組芝居」主宰の加納幸和が新たに脚本を書き下ろし、「劇団鹿殺し」代表の丸尾丸一郎が演出。紡がれるのは────ふたつの「悪」が織りなす、返り討ち物の傑作だ。
では、どんな悪か? ひとりは大名多賀百万石の分家でありながら、お家乗っ取りを企み「重宝・霊亀(れいか)の香炉」を盗み出す武家の極悪人、左枝大学之助(さえだいがくのすけ)……演じるは、桑野晃輔。もうひとりは、その配下で次々と悪事を働く、太平次……演じるは、鳥越裕貴。
この二人が、乗っ取り騒動に気付いた大名家の家老・高橋瀬左衛門一族や関わる者を次々と手にかけていく。ちなみに「返り討ち」とは、仇を討とうと襲撃した者が、逆に斬られること────その字の通り、これは勧善懲悪とはほど遠い、「悪もまた、人の本性」という物語。とはいえ、凄惨な場面ばかりでは決してなく。小悪党の愛嬌や、愚かさ、哀しみや可笑しさ、そして泥臭い人間関係も描かれる。
太平次に惚れて、悪に手を貸す蛇使いの非人(士農工商には属さない身分)、うんざりお松を桑野晃輔が演じ分けるほか、各キャスト全員がそれぞれに目まぐるしく悪人、あるいは悪に翻弄される人々を演じ分けていく。
その翻弄される一人、可憐な町娘のお亀を小野一貴が好演。お亀の許嫁で敵討ちを誓う与兵衛を井之脇海が凛々しく、そして、この騒動の決着を付ける鍵となる、合法を佐藤流司が静かに熱演する。もちろん、それぞれに別役も演じるだけに、表情、仕草、着物での所作から、声色、すべての力が試される。
と、ここまで読んで「うわ! 難しそう……」と思った皆さんへ。確かに、日頃、あまり触れることのない題材ではあるし、稽古場はピリリとしていましたが、決して観ていてわからない、ということはなく。あ、役が今、変わった……という瞬間や、演技の妙や面白さが台詞とともに放たれる瞬間、むしろ、そこには心躍る空間が生まれ、もっともっと観たくなるはず。
出番を待つ間、袖に控え、アイコンタクトを取り笑い合う桑野さんと鳥越さん、帯刀用の帯を締め殺陣の動きを確認する佐藤さん、女性らしい動きを「どう?」と、周りに見せる小野さん、稽古からきちんと着物を着て台本を読み込む井之脇さん……と、凛とした空気のなか、けれど、それぞれがリラックスして稽古に臨んでいることが伝わる。
演出をしながらも、ときには自ら動きをつける、丸尾丸一郎。そのひとつ、ひとつを見落とすまいと、真剣な役者たち。
桑野晃輔の粋な悪女っぷり。鳥越裕貴が見せる、暴力的な悪い顔とウラハラに騙す相手に見せる笑顔、果たして二人の道行は……。
小野一貴の、しなやかな女形、仕草の可憐さや可愛さと井之脇海の内にこもる、真っ直ぐさや怒り、凛々しさ。そんな彼らを支え、さまざまな役を演じる板垣雄亮の軽やかな七変化が笑いを誘う。
効果音を、舞台上の役者が奏でるのも本作ならではの、面白さ。下手に組まれたパーカッションのマシンで、佐藤流司がまるでライブのようにドラム練習を始め、演技が始まると決め台詞にあわせて、ドン! と迫力ある効果音を鳴らしていた。舞台の上にはあるのは、生の演技、だけ。
アンサンブルの、大川敦司、土屋神葉、宮下 浩行、中島 幸一もそれぞれに活躍。
「悪」の物語ということで、真剣な表情で、パチリ。向かって手前左から、井之脇、桑野、鳥越、奥から、小野、佐藤、板垣。
休憩中の皆さんにコメントをいただきました。
──意気込みをお願いします。
桑野晃輔:難しい題材ですが、子ども心を忘れず演じ分けたい。左枝大学之助をはじめ、三役に挑戦しますが女役の「お松」も含め、楽しんで演りたい。でも、まだまだこれからなんで、最後まで作りこみます。
鳥越裕貴:太平次という大悪党を演じますが、なかなか演る機会がない役なので、自分の引き出しを増やしていきたいと思います。
佐藤流司:今回は悪が多いなか、合法といういちばん正義の役なので、お客さんがいちばん感情移入できると思います。この役を通じて、物語だけでなく舞台の面白さも伝えたいです。
小野一貴:お亀という女形を演じますが、難しい題材なので、苦戦しています。苦しいんですが……でも、大胆にチャレンジしたいです。
井之脇海:メインキャスト6人のなかでいちばん若いので、足をひっぱらないようにしたいです。普段、戦っているのが映像の世界なので、舞台の面白さをひとつ、ひとつ、確かめて自分なりに演じられたと思います。
板垣雄亮:今回、いろんな役をやらせていただいていますが、みんな、エネルギッシュなので勉強させてもらっています。晃輔くんは好青年でみんなのまとめ役で精神的な柱、裕貴くんはやんちゃで、ふざけ方とかも面白い。流司くんはかっこよくてアグレッシブ。一貴くんは僕が途中で恋い焦がれる役なので、楽しく演りたいと思っていて、井之脇くんはとにかく、真面目! 稽古場で一緒に演ることで、改めて初心に返っています。
最後に演出家から、初日に向けて役者へ。
──それぞれに、期待することをお願いします。
丸尾:鳥越くんはこれまで、真っ直ぐとか熱い好青年の役が多かったと思いますが、今回、かなり汚い役を演っています。実は本人のなかにも汚い部分はあるはずで、勝新(勝新太郎)みたいなワルが似合うと思うので、殻を破ってほしいです。
桑野くんはもともとかなりバランスがいい役者だと思っていたので、この舞台で、もう一つ突き抜けて華を身に付けてほしい。もう一人の悪なので、アル・パチーノみたいな華……黒い華となってほしいです。
流司くんは物語を背負う覚悟がある。演技に魂を込めて演じる力を持っています。ただ、今は若干、線が細いので骨太の武士を演じられるようになってほしい。彼が物語のガイドになるので、そこを担おうとしている気迫を感じます。
海くんは普段、映像の仕事が多いので、舞台役者としてたくさんの役を演じてもらおうと考えました。武士も町人も女役も、全部自分の身体で見せることで引き出しを増やしてもらえたら。
一貴くんはすごく女性の役がうまい。声の出し方とかすごくいいんですが、身体が大きいこともあり、気を抜くと雑に見えてしまうことがある。ていねいに演っているとすごくきれいなんですが、そこからノリで続けると雑さが出ちゃう。だから、最後まで神経を尖らせてやれるようになってほしい。
板さんは引っ掻き回す役で、このカンパニーで唯一、柔らかい演技ができる人なんです。柔らかい演技ってとても大事で、張り詰めた演技ばかりだとお客さんも気を抜けないから。なので、板さんの持つ、柔らかさが役者にも波及してほしいと思います。
──最後に読者に向けて一言、お願いします。
丸尾:おそらく、普段、彼らがやらないような芝居だと思います。言いなれていない台詞に心を乗せること、伝えることを面白いと思ってほしい。この機会に着物の所作も学んでほしいという意向もあって、衣裳も着物を選びました。
今、とても手応えを感じていて、それぞれに感情も乗ってきて、言葉の重さも伝わるようになってきました。こんな彼らは観たことがないと言われるような、同じ役者からは、俺らもこんなことをやってみたいと思われるような舞台を目指して、日々、叱咤激励していいます。
演じる側にも、観にきてくれる方々にも新しい舞台の可能性を求めて、一緒に知らないところに行きたい。加納さんが書かれた戯曲を大切に、歌舞伎の模倣にならない、誰も観たことがないような舞台を目指します。
新たな高みを求める彼らの公演は、2016 年 5 月 11 日(水)〜15 日(日) あうるすぽっと(東京・池袋)にて上演。
砂岡事務所プロデュース 舞台『絵本合法衢 EHON GAPPO GA TSUJI』
公式 HP http://sunaoka.com/stage/ehon_gappo/
原作 : 四世鶴屋南北 脚本 : 加納幸和 演出 : 丸尾丸一郎
出演:井之脇海、小野一貴、桑野晃輔、佐藤流司、鳥越裕貴(五十音順)
板垣雄亮(客演 ジェイ.クリップ所属)
大川敦司、土屋神葉、宮下浩行、中島幸一
撮影・文/おーちようこ 2016年4月末収録