舞台『K』第二章千秋楽レビュー。それでも私たちには拍手しかなかった。
2015年8月22日、大阪メルパルクホール。それが、8月5日からはじまった舞台『K』第二章-AROUSAL OF KING-の大千秋楽だった。
暑い夏だった。猛暑というより酷暑という日の続いた、息苦しい夏だった。その夏の思い出と一緒に、私はこの日のこの公演をきっと忘れないと思った。
昼に遠方から観劇に来た友人とともに前楽公演を見ると、その友人を見送り、千秋楽の座席には、ひとりで座った。客席に降りた役者の表情も見渡せる、一番端の席だった。美しいライティングは昼公演で焼き付けた、夜は役者の顔を見届けよう、そう思ってのぞんだ。
舞台『K』は、いっそ忠実すぎるほど忠実に、アニメの世界をなぞる。第一話からはじまり、アニメがAパートで区切られるように、第一章はアニメーション7話までを、そして一年のCM期間を経て、Bパートといえる第二章は、アニメ一期最終回までを、走りきる。本当に、ただ必死に、キャラクターを守り、物語を守りながら、人間が、演じきるのだ。
第一章から格段に進化し、深化し、そして新しくもなった第二章のその終わり、に、私達は立ち会った。そして見届けるはずだった。
不安と異変を感じたのは、舞台がはじまり、しばらくしてからだった。私は何度も見ていたから、異変には気づいたし、アニメを見慣れたファンにもわかったことだろう。本来ならばでてくる場面で、ひとりのキャラクターが舞台上に現れなかった。けれど、その段階で、まだ、千秋楽だけの特別演出が入ったのかもしれないと思っていた。
緊迫した場面が閉じ、新しい場面に移ろうとした時だった。急遽の中断、そして休憩をいただきたい、とマイクをもって説明に現れたのは、脚本、演出の末満健一さんだった。
その段階で、私達にも察せられた。何か、不測の事態が起こっているのだということを。休憩を、と言った末満さんに、拍手からはこたえるように拍手が起こった。「拍手を頂くことではない」と舞台上で末満さんは言ったが、私達は拍手をすることでしか、こたえるすべをもたなかった。
待ってくれといわれ、待ちたいと思った。たったそれだけのことなのに、声をはれば届く距離かもしれないのに、客席にいる私達は、拍手をすることぐらいしか、こたえることが出来ないのだ。
休憩になると、みんな小さな声で、現れなかった役者さんを心配する言葉を発した。「昼の公演では、なんともなかったのに」そんな声も聞かれた。私も思った。昼の公演では、なんともなかった。彼女は難しい演技を、鬼気迫る様子で、やりきっていた。私は休憩の間、いくつかの、悪い思い出を思い返していた。舞台を、なまものを、いきものを好きになるって、本当に苦しい。そう思った。
休憩を挟み、再開の前に説明があった。やはり、体調不良の役者さんがいること。そのままでの続行が不可能であること。会場にすすり泣く声が響いた。私も涙が出た。万全な状態で、最高のものを受け取れなかったこと。それを悔しく思う、怒りの涙ではなかった。私達は確かに、一番いいものを見たかった。けれど、誰よりも、舞台に立つ役者さん達が、それを届けたいと願い、身体を壊すくらい頑張っていたことを理解していたからだ。だから、涙が溢れて仕方が無かった。座っているだけで、何も出来ないことが、ただ、苦しかった。
役者さんは出られない、だが、いないままでは続けられないと壇上から説明があった。そうだ、本当に大切なキャラクターなのだ。演技なのだ。なくては、終われない。だから、と末満さんが再びマイクを持ち説明をした。「僕がやります」その時の、感嘆、驚き、思わず出た笑み、それから、やはり涙、全部がないまぜとなって、大きな拍手が会場を包んだ。「拍手を頂くようなことではない」と、もう一度末満さんは言った。もう一度客席にいる私は思った。でも、拍手しか出来ない、と。もちろん、役者さんのやる役が見たかった。そのために来た。けれど、続けようとしてくれたことに、拍手をした。最後まで、受け取ろうと、覚悟を決めたのだ。客席に座る私もまた。
もちろん、返金の対応も受け付ける旨、アナウンスがあった。しかし、客席をよく見回せる私の目から見て、座席を立つ人はいなかったように思う。
再開のために、キャスト全員による円陣が組まれた。キャストの中には、涙をこらえているような人も多くいた。その中で、座長である松田凌さんは、倒れた役者さんが、「笑顔で戻って来られるように」この舞台をやりきるのだと宣言し、円陣を行った。
舞台『K』は、あまりにアニメに近しい世界だった。
けれど、それを「僕らが演る意味」について、最初から、ずっと松田さんはこだわっていた。身体のすべてで、私達に語りかけていた。
そして最後の舞台『K』が再開し、終わった。
完璧な舞台を。最上のものを、見たくなかったといえば、嘘になる。千秋楽の公演が、たった一度きりだったお客さんも、きっと少なからずいたことだろう。もっといい舞台なんだ、もっとすごい舞台なんだと、そんな人達に言ってまわりたい。でも、それでも、見ない方がよかったとは思わなかった。スタンディングオベーションで立ち上がりながら、私はここにいたかった、と思った。
最後、満身創痍な壇上の役者さん達に。Kの舞台をつくりあげてくれたすべての人に。拍手をしたかったから。
だって、拍手しかないのだ。私達はあまりに無力で、舞台の上は、あまりに遠い。
聞こえていただろうか。私達の拍手は、届いただろうか。役者さん達の無念を、痛みを、苦しみを、それでもやりきるのだという信念を、私達は受け取った。舞台にあがれなかった役者さんの分まで。少なくとも、受け取った、というつもりでいる。それと同じように、私達の拍手は、彼らに届いたのだろうか。確かめるすべはないけれど、そうであったらいいと願っている。
最後、「あと、本当に少しだけ」と末満さんが言い、最後の特別なキャストパレードが行われた。私の一番好きな、舞台化が決まった時に何より見たいと思った、キャストパレード。その、最後の特別版に。
踊り出てきた、シロ役の松田凌さんは。
アニメの二期の、正装を身にまとっていた。
いつか、また、いつの日か。舞台『K』に立つ彼らに、出会える日がくることを、心から願って。
感謝をこめて、私達は、ただ、拍手をするだけだった。
公演名・舞台『K』第二章-AROUSAL OF KING-
公演期間/劇場
東京公演: 8月5日(水)~15日(土) AiiA 2.5 Theater Tokyo
大阪公演: 8月19日(水)~22日(土) 大阪メルパルクホール
舞台『K』 記事一覧
オフィシャル記事
舞台『K』第二章レポート:キャラクターを愛して :紅玉いづき
個人レビュー
舞台『K』第一章レビュー。二次元の質量 :紅玉いづき(『舞台男子と観劇女子』1号所収)
舞台『K』第一章レビュー。わたしの日記。 :おーちようこ(『舞台男子と観劇女子』1号所収)