作家・紅玉いづき 特別インタビュー到着 すべての少女のための少女小説合同誌『少女文学 第四号』刊行に寄せて

2020年7月に開催された、少女文学✕俳優✕最善席が贈るリモート朗読劇「よるのこえ」。

この朗読脚本としても使用された非商業合同誌の最新号『少女文学 第四号』がこの春、刊行。記念して、サークル『少女文学館』代表の紅玉いづきさん特別インタビューを最善席に寄稿いただきました。執筆陣との出会いから、作品に込めた想いをここに。

 

少女文学 第四号

インタビュー/嵯峨景子

”コバルト文庫ショック”で『少女文学』を立ち上げる

──『少女文学』は商業作家の方々が手がける同人誌です。立ち上げた経緯について教えてください。

紅玉:端的に言えば、2018年の終わりにコバルト文庫の紙新刊が刊行されなくなることを知り、大ショックを受けたのがきっかけです。のちに新刊は電子オンリーになるがレーベルが廃止されるわけではないと発表されたけど、当初はそういう事情がわからなかった。だから「コバルト文庫は死んだんだ」と思い、集英社は伝統のある器を消すのかと衝撃を受けました。私は思春期の頃からコバルト文庫を読んでいて、ずっと少女小説家になりたかった。結果的に違う形でデビューしたけど、少女小説に対する恩義や愛情はすごくあって、それなのに何もできなかったという絶望感に打ちひしがれました。そしてさめざめと泣いた後、誰もやらないならいっそ私が少女小説をテーマにした雑誌を作ろうと、『少女文学』を立ち上げました。

──コバルト文庫の紙版停止は波紋を呼びましたが、紅玉さんはそこから同人誌創刊へと動かれたのですね。

紅玉:『少女文学』を作ると表明したところ、古くからの仲間が賛同して集まってくれました。唯一、若木未生先生には私の方からオファーをしています。若木先生にはまず、コバルト文庫がなくなることに関して電話でお話させていただきました。この時若木先生は、「コバルト文庫の黄金期を振り返るのではなく、あなたは先を見て書いていかなければいけない人。だから泣いていてはだめよ」と語ってくださったんです。私は散々泣き言を言った後、「ところで若木先生、来年5月のコミティアに少女小説の本を作るつもりですが、書いていただけないでしょうか」と切り出しました(笑)。若木先生は「あれ、もしかしてそういう電話だった?」となりつつも、私もあなたに書きなさいと言った手前ここではノーとは言えないでしょうと寄稿をお約束くださりました。若木先生の言質も取れて、『少女文学』が動き出しました。

──紅玉さんのコバルト文庫への思い入れをお聞かせください。

紅玉:コバルト文庫の思い出は言葉に尽きないです。多感な十代の頃にコバルト文庫や雑誌「Cobalt」を愛読して新刊の大半を読んでいたし、若木先生の大ファンでした。これはあちこちで語っているエピソードですが、コバルト作家になりたくて新人賞に応募して7年間落ち続けました。大学最後の年に作家を目指すのをやめようと思い、原稿を初めてコバルト以外の新人賞に送ったところ、『ミミズクと夜の王』で電撃小説大賞の大賞をいただきデビューできました。

同人誌のご縁で生まれた『少女文学』

──紅玉さんは以前にも同人誌を作られていたのですか?

紅玉:大学時代は漫研に入っていて、夏コミ冬コミで頒布する部誌の編集長もやっていました。作家デビュー後もしばらくはオリジナルの同人誌で活動していましたが、「gift」という思い入れの深い作品を出して、非商業はやりきったと同人活動を終了しました。同人誌作りのノウハウはその時の活動で一通り身についていたので、『少女文学』でもそのスキルが役立っています。『少女文学』第一号の表紙を描いてくれた森倉円さんも、当時の漫研の後輩です。とても忙しい方で表紙を依頼した時は電話を繋いだままラフを描き始めて、かわいく仕上げてくださりました。思えば『少女文学』はいろいろな方とのご縁で成り立っています。

──『少女文学』のメンバーはそれぞれ出身レーベルが異なります。みなさんはどのように出会われたのでしょうか。

紅玉:2011年6月の文学フリマで発行された同人誌『少女小説家のネタ帳』がきっかけでした。神尾あるみさんと本宮ことはさん主催の同人誌で、私は特別ゲストとして創作論を寄稿させていただきました。栗原ちひろさんと小野上明夜さんも名前を出さず、匿名希望で参加しています。これがご縁で仲良くなり、以後10年ほど交流が続いています。

──出会いも同人誌だったというのが面白いですね。

紅玉:みな同人誌に対する理解があり、すごくやりやすかったです。同人誌が何を目的としていて、どういう形が成功なのかというヴィジョンを共有できないと、活動は空中分解してしまうので。

──紅玉さんは『少女文学』の編集長で代表ではないそうですが、どのように役割分担をされているのでしょうか。

紅玉:私はあくまで総括的なポジション、旗ふり役です。原稿依頼などは担当していますが、入稿や通販、経理などの実務は他のメンバーにお願いしています。他にも作家ではないスタッフが関わっていて、DTPやデザインなど一番得意なことを適材適所で手伝ってもらっています。

──第一号から第三号までは半年に一度というハイペースで刊行されました。

紅玉:年に二回がイベントのペースだと思っていたので、そのサイクルにあわせて作りました。年一刊行になったのは、コロナ禍でイベントに出られなくなったからです。発行ペースを落としてゆっくり通販で売ろうと、路線変更をしました。ですがこのおかげで少し余裕が生まれて、すべての作品に扉絵が入るようになりました。

──『少女文学』には今の商業では展開しにくそうな作風の小説も掲載されています。小野上さんはラブコメのイメージが強かったので、『少女文学』作品のダークさには驚きました。

紅玉:私たちも第一号の原稿を読んだ時にテンションが上がりました。「これが許されるのがかつての少女小説だったよね」と。小野上さんは技術のある方でラブコメもダークな作風も書けますが、ヒットしたデビュー作の影響で商業ではキャッチーかつカジュアルな作風を求められることが多かったようです。ですが『少女文学』にダークな作品を発表して以来、なぜかここではその路線が定着しています。とはいえ、『少女文学』では商業ではできないことをオーダーしているわけではありません。「あなたが愛した少女小説や、あなたが少女小説だと思うものをやってください、それは今の商業では難しい作風でも構いません」とお願いしています。

──毎号のテーマも、往年の少女小説の懐の広さや多様性を思い出させるラインナップです。

紅玉:テーマがあると方向性が決めやすいし、一方でノンテーマの原稿もありというスタンスで毎号編集しています。特集があって巻末には作家のコメントが入るという形態は、「Cobalt」へのオマージュです。ちょっとザラつきのある用紙を使うなど紙にこだわって作っていて、今後も電子化はしません。その分、既刊は完売にせず在庫がなくなり次第増刷して欲しい方に行き渡るようにしています。

──『少女文学』は同人誌なのに赤入れがあるそうですね。

紅玉:これは商業作家に特有な傾向ですが、誰かのアドバイスを聞きたくなるんです。商業出版では担当さんがいて一緒にゴールしてくれるので、『少女文学』では参加者の希望があれば私が赤入れをしていますが全てにではありません。同人誌を編集していると、先輩作家ご自身による赤入れを見ることができて、これがものすごく勉強になっています。みなさん本当にきめ細かいところまで修正されていて、リアルタイムで実演される小説制作だ! といつも興奮します。

第四号「少女×戦争」のこと

──第四号「少女×戦争」には須賀しのぶさんや津原やすみさんがゲストとして参加され、話題を呼びました。

紅玉:今回のテーマは須賀さんありきで決めました。以前『少女文学』にぜひご寄稿をとご挨拶させていただいた時に、「ミリタリーでしたら」とおっしゃって下さったんです。ただ軍事ものだと少し狭いかもしれないと考えて、結局テーマを戦争に設定しました。少女はいつも戦うものですからと、須賀さんにも快諾していただけました。

──「魔女の選択」は少女同士の友情あり、須賀さんらしい歴史や戦争描写もありと、懐かしい故郷に帰ってきたような気持ちになる小説でした。カバーも『キル・ゾーン』などでタッグを組んでいる梶原にきさんです。

紅玉:梶原さんには美しい表紙を描いていただきました。構図がとても巧みで、そしてこれは偶然ではありますが二人の視線のゆく先に『少女文学』というタイトルが載り、ドラマチックに仕上がっています。

──津原さんはどのような経緯でご参加されたのでしょうか。

紅玉:『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』の出版記念イベントがご縁でご寄稿いただきました。会場で津原さんに『少女文学』第一号をお渡ししてご挨拶したところ、「いいね、僕も書きたい」とおっしゃられたんです。その時点で「恋するマスク警察」の素体を書かれていたけど、発表するあてがないとのことで、ぜひにとお願いしました。

──少女小説ガイドには私も編者として携わっていて、イベントが第四号に繋がったというのは大変光栄です。津原さんといえば原稿の提出が遅めだったとか……。

紅玉:イベント後に津原さんにご挨拶メールと依頼書をお送りしたところ、締切が迫った段階で「締切は忘れていないですよ」と初めてお返事をいただきました。その後も折々にメールをお送りして様子をうかがいましたが、原稿は届かず。締切を過ぎた後も「私はまだ諦めていません」と連絡したところ、「僕も諦めていません」と返信があり、そこから面白くなってしまいどこまでも追いかけました(笑)。

──「僕も諦めていません」は最高ですね(笑)。鳴海ゆきさんの扉絵もキュートです。

紅玉:タイトルとラストシーン直前までの原稿が来た段階で、津原さんファンの鳴海さんに超特急でイラストをお願いしました。鳴海さんからは「死んでも描きます、小学生だった私のために描かせてください」「万一原稿が出なくても原稿依頼をいただいたという思い出だけで生きていける」と即答でお返事をいただきました。結果的に私たちが目標とする締切に間に合わせて入稿できたのは、全員の尽力のおかげです。

──少女小説を引退後は使われていなかった津原やすみ名義なのには驚きました。

紅玉:津原さんも名義を迷われて、私はやすみ時代のリアルタイム読者ではなかったので決めきれませんでした。DTPをお願いしている津原さんファンの友人に相談したところ、「私の本棚には今も『五月日記』があります。その私からの希望として、この小説はやすみ名義で出していただきたいです」とのことでした。それを津原さんに伝えたところ、「津原やすみでお願いいたします」とお返事をいただきました。

──「恋するマスク警察」は地の文まで広島弁という少女の一人称小説で、素晴らしい作品でした。おまけに津原やすみ名義と、往年の読者としては感無量です。

紅玉:実は私も同じ号に饒舌な少女の一人称小説を書いていて、津原さんの原稿を読んだ後、もう作家をやめよう、自分の作品を取り下げようと思いつめました。それくらい衝撃的だった。その後津原さんから冥利に尽きるメールをいただいき、心が救われました。「僕はかねてより自分の少女小説は読者とのコラボレーションだと考え、そう公言してきました。このたびは紅玉さんが独力で相方を努めてくださいました。感謝しています」というお言葉に、『少女文学』をやっていてよかったと泣きました。

──第四号のあとがきを読み、津原さんをはじめ長らく少女小説の世界で戦い続けた作家たちのコメントに胸を打たれました。若木さんが「少女小説をめぐる状況が変わってきたように思います」と記されていますが、『少女文学』の活動もその変化を後押ししていると思います。

紅玉:どこと喧嘩するつもりもないですが、これまでの少女小説を取り巻くありようが不甲斐ないから『少女文学』を立ち上げたし、今後も最高のものを作るという気持ちは変わりません。粒ぞろいの作品が揃っているし、掲載作品を商業に持っていくのも大歓迎です。その時は、可能であれば奥付で初出として『少女文学』の名前を出していただけたら嬉しいですね。『少女文学』は同人誌にもかかわらず書籍で言及いただいたり、最善席さんとのコラボで朗読劇「よるのこえ」が上演されたり、こうしてインタビューをしていただいたりと、破格の扱いを受けていて感謝は尽きません。これからも『少女文学』が繋いでくれるご縁や出会いを大切にして、活動を続けていきます。コロナが落ち着いたら対面で頒布をして皆さんにお会いしたいし、イベントもやりたいと思っています。

 

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