矢崎広『黒いハンカチーフ』インタビュー |Theater letter 01
2015.9.29
かつて、立ったことのある舞台に主演として立つ。
それは幸せなことであり、責任も大きく重く、けれど喜びでもあるだろう。
現在、『黒いハンカチーフ』に挑む、矢崎広はその空間で、自身の在り方を、日々、噛み締めている。
矢崎広 やざき・ひろし
1987年7月10日生まれの O型。現在、28歳。
16歳で上京、2004年8月に17歳でミュージカル『空色勾玉』にてデビュー。
今年2015年はミュージカル『SAMURAI7』(天王洲 銀河劇場)、ミュージカル『タイタニック』(Bunkamura シアターコクーン)、『嵐が丘』(日生劇場)、『女中たち』(シアタートラム)、朗読劇『しっぽのなかまたち4』(全労済ホール スペース・ゼロ)、『黒いハンカチーフ』(新国立劇場中ホール)に続いての主演『BIOHAZARD THE STAGE』(EX THEATER ROPPONGI)、ミュージカル『ドッグファイト』(シアタークリエ ほか)を控え、実に8本もの舞台に出演。
来年早々『ETERNAL CHIKAMATSU』(Bunkamura シアターコクーン ほか)が控えている。
自分がここに、立っている意味
──稽古はいかがでしょうか。
矢崎:今、こてんぱんにやられてます。
──こてんぱん……。
矢崎:はい。もともと、今から約4年半前の2011年2月に河原雅彦さんが演出されたパンク・オペラ『時計じかけのオレンジ』に出演させていただいて。主演が事務所の先輩の小栗旬さんで、すごい出演者の方の方に囲まれて僕自身はすごくいい経験をさせてもらい、ただただ楽しい記憶が残っているんですが、じゃあ、役者としてなにか残せたか? というと「がんばりました……!」ということだけで。もちろん、がんばることは大事だけれど「それだけだったな」という思いがあって。
実際に先日、河原さんと対談させていただいて「覚えているけれど、眼中にはなかった」と言われてしまい。だから「今回、初めて矢崎広を見ている」という話をしていただき、今、いろいろなことを言ってもらっています。
──どんなことを言われているのでしょう。
矢崎:今回の舞台に関してだけでなく、この先、役者としてやっていくために自分が意識していかなくてはならないことを指摘されています。なので、本当に痛い部分を容赦なく突いてくるというか……。
──例えば?
矢崎:すごく単純なことです。「芝居って嘘をどれだけ、嘘じゃなくするところだよね」「ただ、それだけだよね」と。だから「どう生きるのか?」と。
4年半の間にもいろいろな舞台を経験し、いろいろな演出家さんと仕事して、自分なりに得たものを次の舞台に活かしてきたつもりでしたが、それでも足りていない、気付けていない部分を河原さんは突いてきてくださる。ひとつの台詞でも、「ここができてるけど、ここができてないから、繋がっていない」と見抜かれてしまって。僕自身、やっぱり、まだまだだよなあ、そうだようなあ、って身に沁みています。僕に限らずですが、稽古場でもおもしろいことをすると笑ってくれるし、実はいちばん厳しい観客です。
──戦後の雑多な街で詐欺師たちがいろいろ仕掛ける物語は、テンポよく丁々発止のやり取りが続きます。
矢崎:だから今、チーム感がすごいんです。なんというか、改めて舞台って本当にチームで作るものなんだな……と、知ってはいましたが、今回は特に「いやもう、マジでチーム感!!!」という感じです(笑)。
それはたぶん、この戯曲が、マキノノゾミさんの『劇団M.O.P.』のために書き下ろしたものだから生まれている空気で、登場人物に当時の劇団員の役割みたいなものも折り込まれている気がするんですね。なので、ただ役を与えられているだけでなく「どういう役割でその空間に入るのか?」「どういう意味で抜けるのか?」「そもそも居る意味は何?」さらには「このグループの中で僕が真ん中だとしたら、そこでの役割は何?」といったことまで突き詰めなければ、と思っていて。
──役を演じるだけでなく、その座組である理由や関わる意味まで考えている……?
矢崎:むしろ、考えさせられています。いろいろなお仕事をいただくなかで、普段「矢崎広」という看板でやらせてもらっているので、つい虚勢を張ってしまうというか、独りでやってしまう瞬間もあるんです。
でも、そうじゃないんだということを学んでいるというか……だから、自分として無理することなく、自然に生身でそこに立てるように心がけています。同時にずっと「堂々としろ」、「腹をくくれ!」と言われ続けている脚本です。
自分がここに、訪れた理由(わけ)
──初めてお見かけしたのが、2010年当時、時代劇バラエティ番組『戦国鍋TV〜なんとなく歴史が学べる映像〜』の取材で、番組収録現場にうかがった時でした。作中のユニット「SHICHIHON槍」のひとりとしてにこにことすごく元気な挨拶をされていて、なんだかとてもピカピカした役者さんがいるなあ、と見ていました。
矢崎:たぶん、当時はわけもわからず闇雲にやっていたと思います。
──その後、2012年『MACBETH』で初主演を務め、ミュージカル『薄桜鬼』では見事な土方歳三を演じ、たくさんの作品を経て、今、ここに主演としておられます。
矢崎:感慨深いです……とても。だって、小栗先輩が主演で、河原さんが演出という作品があったところに自分がいるわけですから……。
ただ、ちょっと追い付けていないです。いろいろなことが。でも、そう感じている自分は正直だと思うし、きっと「ここまで来たぜ!」とか思っちゃったら成長できないし。もともと調子に乗っちゃうと吸収できないタイプだと自分でわかっているので、「ここから始まる」という気持ちでいます。
──会場となる新国立劇場 中劇場は、製作を手掛ける、る・ひまわりさんとしても初となる劇場です。
矢崎:そこに呼んでもらえるのは、ありがたいことです。この劇場は2006年に宮本亜門さんの演出・振付のブロードウェイミュージカル『イントゥ・ザ・ウッズ』で初めて立った場所でもあるんです。
そこに主演として立たせていただくことはさらに感慨深くて、なんだか、とても長くやってきてしまったな、役者として別の演目で同じ劇場に立てるようになるほどには続けてこれちゃったんだな、という思いがあふれています。
──「続けてきた」ではなく「続けてこれちゃった」とは?
矢崎:僕の中に、まだどこかかに「憧れ」だけでやっている感覚があるんです。
『劇団ひまわり』の研究生に合格して、東京に出てきたその日に稽古を見学させてもらいました。そこで初めて僕よりも年下の子たちが踊ったり演じたりする姿を見て「うわっ、すごい!」と驚いて、「役者さんってすごいぞ」と思っていたら、その半年後に一緒に舞台に立たせてもらえて、それがものすごく嬉しくて、当時のドキドキと憧れのまま、今まで来ちゃっているという感じなんです。
──そもそも、なぜ『劇団ひまわり』に?
矢崎:実家で取っていた山形新聞の、番組欄に募集が載っていたんです。
──「子役募集」といった広告ですね。見たことがあります。
矢崎:そうです。勢いに任せて、書類を書いて応募しました。
──ご両親は?
矢崎:大反対でした。でも、最終的には親父が背中を押してくれて、そのまま上京しちゃいました。
──役者を志していたのでしょうか。
矢崎:いえ、明確な目的があったわけではなくて、実はすごく浅い理由です。
田舎が嫌で、とにかく東京に出たかったんです。もともと目立つのも好きだったから、募集を見つけて「これだ!」と思って応募したら「一次オーディションに受かったから二次に来てください」と連絡があって、単純だから、その時点で「やった、東京でスターになれる!」って思っちゃって、ここまで来ちゃいました。
──シンプルです……! そして、本当に役者となり、続けていることが尊いです。
矢崎:当時は火の玉みたいな勢いで「俺は行ける!」と思っていたから。とにかく突っ走って、三年くらいはそのままでしたね。
──三年経って、どうなったのでしょう。
矢崎:まあ、そんなに調子に乗っている人間を、一流の演出家は「勘違いするな」と、「ドン!」って叩き潰しますよね(笑)。
──痛そうです。
矢崎:痛かったです。そして今もその最中です。でも、叩き潰されて初めて、僕は調子に乗ると伸びないと気付けたので、浮かれているときに叩いてくれる方々が周りにいてくれたことにすごく感謝しています。
だって実際、なにも言ってもらえない人がいることも知っているから、余計にね。
──言われないのは怖いですね。
矢崎:はい。だから改めて、恵まれているな、還さないとな、と思っています。
自分がここに、在る覚悟
──今回、演じる、「日根」について伺います。町医者で、行きつけの喫茶店で昼寝ばかりしているために「ヒルネ先生」と呼ばれています。
矢崎:ハードル高いです。台詞も多いし、台詞をしゃべっているだけでなく、そこで生きていなければならないので、ものすごくもがいてます。まだ自分のなかで「こうである」と決めることはしていなくて、今は河原さんの演出を信じて、マキノさんの脚本を信じて、周りの仲間を信じて、歩いている最中です。
昨日、がんばったこと、今日がんばったこと、稽古場でがんばったこと、そのことの意味を知るのはたぶんもうちょっと後で、もしかしたら公演が終わったあとかもしれない。まだわからないけれど、でも、今は今なりに手応えはあるので、そこを信じてやってます。
──日根を、あえてひとことで言うと?
矢崎:ハンサムな役ですよね。すごく渋くて、カッコいい役です。
──すてきな例えです。そして同年代の俳優陣も出演します。
矢崎:宮下役の浅利陽介くんは地元にいたころから観ていて、それこそ劇団東俳の募集で『キッズ・ウォー3』(2001年、TBS系列)に出演中、と紹介されていたりして。でも今回、初共演で、同い年なことがわかり、共通の話題もあって楽しいです。
神谷役の橋本淳くんはすごくうまいです! ストイックだし、そのうえ、やっぱりうまいです……。鬼塚役の松田凌はこれまでも一緒の舞台に立っているけど、なんというか凌の周りに人が集まる感じはすごくわかる輝きです。桑野晃輔くんは最初に会ったときに「僕、『劇団ひまわり』の後輩です」って挨拶してくれて、事務所を離れてだいぶ経つのに、そう思ってくれるんだ、うれしいなって思うとところから始まりました。今回、若手チームはみんな、真面目で熱くて……もっとヘラヘラしていてほしかったんだけど(笑)、全然、そんなことはなくて、今のところ稽古場はけっこうピリッとしていますね。
──脇を固める俳優陣もそうそうたる顔ぶれですが、そのなかで真ん中に立つお気持ちは?
矢崎:簡単ではないですね。難しいと思っています。このすごい方々のなかで主演でいる、ということは……でも、この経験が糧になることはわかっているから。
なによりも、稽古場でこてんぱんにされてばかりじゃダメじゃないですか。なので、以前と比べて「主演」という立場に対しての考えが変わっているんです。
──どう変わったのでしょう。
矢崎:走り続けることです。
──それは背中を見せる、ということでしょうか。
矢崎:それもあります。でも、先頭を走ることだけでなく、自分の姿勢として振り向かない、前を向き続けることを決して止めないことでもあります。
憧れでこの世界に入って、主演で立ちたいと思って、実際に立たせてもらって改めて、その重さを感じています。当時の小栗さんの気持ちが理解できるというか。厳密に言えばそれは本人にしかわからないことですが、でも、少しは感じることができていると思うし、だからこそよけいに小栗旬という人はすごい存在だなと実感しています。
──とても、いい意味で苦しんでいます。
矢崎:でも、楽しいです。大変なこともたくさんあるんですが、そのいろんなことを細分化して並べて比べると、楽しいが大きいです。
──それが続けている原動力でしょうか。
矢崎:そうですね。ただ、それを与えてくれたのはお客さんです。自分が舞台に立つことで、なにかを感じてくださる方々がいる、ということに気付いたときに、だから続けているんだと実感しました。
それは舞台に立てたからわかったことで、立つためには観てくれて応援してくださる方々がいてくださるからで、先日、ファンイベントをやらせていただいたんですが、そのときも強く実感して、感謝したばかりです。
──今、目指すことはなんでしょう。
矢崎:……なんかもう、もっと男らしくなりたいな、と、この役に出会って、今、よけいに思っています。
──男らしく?
矢崎:はい。この作品を演じるにあたり、河原さんに昭和の戦後の日本を描いた映画を薦められて観たんですが……そこに生きる俳優のどっしりとした存在感に圧倒されました。当時を生きた人たちがものすごい生命力にあふれているんです。
──何をご覧になったのでしょう。
矢崎:鈴木清順監督の『肉体の門』(1964年)です。戦地から戻った兵士を演じる、宍戸錠さんの鍛え上げられたむきむきの身体や汗ばんだ色気とか、彼を巡る娼婦たちの生々しい色気とか、生きることへの貪欲さやたくましさが描かれていて、役者として人として、もっと重さとか力強さを持てるようになりたいと思いました。
──憧れから入った世界で「俳優」として生きていくことに、真摯に向き合っているように感じます。
矢崎:そうですね。そういうことを考えていかなくてはならないし、そのためにも腹をくくる必要があるんです。それは、この舞台はもちろん、もっと言ってしまえば「役者やんのか、やんねえのか」ということなんですが。
──そこまで掘り下げますか。
矢崎:だって、そういう年ですから。30代、40代を迎えて続けていくなら、今のままでいいはずはなくて。今、持っているもの……例えば若さなんてなくなるものだから。仕事だって、この先、どうなるかわからない。だからこそ、続けるのであればそれだけの覚悟と力が必要で、今回、僕はそこから問われている……そう受け止めているんです。
──視点の位置が高いです。
矢崎:繰り返しになりますが、それはやっぱり周りの人たちのおかげです。「お前は今のままじゃダメだよ」と言ってくれるから気付くことができる。それはすごく恵まれていると思います。
──舞台の話を伺いましたが、同時に覚悟の話でもありました。
矢崎:うまく言えているかな……どうも言葉にするのが苦手で。つたない言葉ですみません。
──その言葉ごと、記します。最後にこの記事を読んでいる方々に一言、お願いします。
矢崎:『黒いハンカチーフ』はとても知られている演目なので、いろいろな方が観にいらしてくださると思いますが、初めて知る方々にも観てほしいです。それこそ同世代の方にも観てほしくて、うんと楽しんでほしいし、一緒に昭和の時代にタイムスリップしてほしいです。
同時に僕がもがいている作品で、チャレンジしている作品で、チームとしてのチャレンジも詰まっている作品です。だから、たくさんの方々に観てほしいです。それぞれの役者が僕に託してくれている、その愛に応えたいし、足を運んでくださるお客さまの愛にも応えたい……ぜひ、劇場でお会いしたいです。
編集・文/おーちようこ
取材後記:舞台パンフレットの撮影現場におじゃましてのインタビュー。
「お久しぶりです」と挨拶してくれた矢崎さんは、振り上げた腕の肘が思わず横の柱にぶつかるほど(スタジオの一角だったので)、話に熱が入り。「ドン!」と言いながら、実際にテーブルをこぶしでドンッと叩いておられて、ああ、本当に容赦なく叩かれたんだな、そして感謝しているのだ、と実感したので、そのまま書きました。
2015年9月 都内スタジオで収録。
記事、及び写真の無断転載はおやめください。
撮影:福岡諒嗣
『黒いハンカチーフ』
新聞に載った一行広告。「黒いハンカチーフを拾った。落とし主の連絡を乞う」
果たしてその言葉が意味するところは?
かくして彼らは立ち上がる、敵討ちのために。
- 公式サイト http://le-himawari.co.jp/releases/view/00541
- チケット発売中 e+(イープラス)、ローソンチケット
- 2015年10月1日(木)~10月4日(日)新国立劇場 中劇場
- 脚本:マキノノゾミ
- 演出:河原雅彦
- 出演:日根(ヒルネ先生) 矢崎広
佐登子 いしのようこ宮下 浅利陽介
神谷 橋本淳
鬼塚 松田凌
村木/ボーイ 桑野晃輔京子 村岡希美
富美子 宮菜穂子
曜子 まりゑ
夢子 武藤晃子
美都子 加藤未和キヨシ/海老沢喜一郎 吉田メタル
海老沢修二 鳥肌実
小田桐 神農直隆
ホルン吹き 高木稟
銭田警部 三上市朗
松平 おかやまはじめ
牛島 伊藤正之 - 公演スケジュール
10月1日(木)19時
10月2日(金)13時/19時
10月3日(土)13時/19時
10月4日(日)12時/17時 - チケット料金:SS席(1F前方)8,800円、S席(1F)7,800円、A席(2F)5,500円(税込)※SS席は、先行販売のみの取扱いです
・シアターレターとはファンレターの対義語。名付け親は、作家であり最善席メンバーの紅玉いづき。同じくメンバーで『舞台男子』(講談社BOOK倶楽部)などを手がけるライター、おーちようこによる不定期連載。板の上であがく人々から届く、手紙のような想いをここに。